49.獣
悲鳴が聞こえた方向に私たちは走って行った。路地を駆け抜け、現場へと急ぐ。もしかしたら、噂の魔物が出現したかもしれない。誰かが犠牲になる前に、どうにかしないと。
何度目かの路地を曲がると――その路地には惨劇が広がっていた。
石畳の地面には複数の人が血に染まり、崩れ落ちていた。胸元を切り刻まれた男、顔を八つ裂きにされた女、壁際にめり込んで動かない者もいる。
地面や壁一面に鮮やかな赤が飛び散り、どす黒く滲んでいた。濡れたように見えるのは血だ。鉄臭い、濃密なにおいが鼻をついた。
その中心に――それは立っていた。
二メートルを優に超える、獣の姿。だが、四つ足ではない。人間のように直立し、強靭な筋肉をまとった狼の化け物だった。
灰色の粗い毛並みが全身を覆い、太い腕には鋭く伸びた爪がつき、先端にはまだ血が滴っている。背筋を丸めて立つその姿は、まるで人間のようで、だが明らかに人ならざるものだった。
金色に輝く獣の目が、こちらに気づいて動く。ひとつ、鼻を鳴らした。鋭い牙を並べた口元が開き、低く喉を鳴らす。
「っ!!」
その鋭い眼光に体が一瞬動かせなくなった。それでも、勇気を振り絞って一歩踏み出す。だけど、クロネがそれを制した。
「待て、近寄るな!」
慌てて声を上げ、私の前にクロネが立った。その目は鋭く細められ、目の前の狼を警戒していた。
そのクロネの鼻がヒクヒクと動くと、驚愕した顔に変化する。
「そんな……まさかっ」
「ど、どうしたの?」
「あの狼から……ランカの匂いがする」
「えっ、それってどういう……」
その意味を訪ねようとして、瞬きした時――クロネの前に狼が立っていた。
「――なっ!?」
咄嗟にクロネが身構えると、その狼は大きな手を豪快に振るってきた。その手に当たったクロネが吹き飛ばされ、路地の壁に強く叩きつけられる。
――これは危険。その一瞬でそう判断した私はすぐに防御魔法を展開した。と、次の瞬間――その狼は私にも手を振るってくる。
強烈な一撃が私の頭部目掛けて振り下ろされた。だが、防御魔法がそれを弾く。
目の前の狼はその手を不思議そうに見つめた。なぜ、私が攻撃を受けても倒れないのか不思議に感じているようだ。
だが、すぐに豹変する。その顔が歪み、牙をむき出しにした。
「ガァァッ!!」
両腕を振り上げ、目にも止まらぬ速さで爪で攻撃をしてきた。何度も強い攻撃が加えられ、防御魔法が削られていく。
防御魔法の魔力を上げて、なんとか耐える。だが、狼の攻撃は速い。このままだと危ない。
その時――。
「《迅雷双刃》!」
私の頭上からクロネの声が響く。強烈な一撃が狼に当たり、狼の体が吹き飛び、路地の壁にめり込んだ。
「クロネ、無事!?」
「なんとか……」
私の前にクロネが着地した。狼は壁際にめり込んで、まだ動かない。
「手ごたえはあったんだが……。体はあまり傷ついていないみたいだな」
「そんな……。クロネの必殺技が……」
クロネのあの必殺技がほぼ無傷だなんて。どれだけ、強い魔物なの?
「でも、それよりも気になる事がある。あの狼からランカの匂いがする」
「じゃあ、ランカがあの魔物の近くにいたってこと?」
「いや、近くにいたというより……ランカそのものの匂いだ」
「えっ?」
ランカ、そのもの? じゃあ、クロネはあの狼がランカだって言いたいの? なんで、ランカはあんな大きな狼に変身出来たの?
クロネの言葉が意味不明すぎて頭が混乱してきた。すぐにクロネの言葉を信じることが出来ない。
「ランカはもしかしたら――っ」
何かを言いかけたクロネの体に衝撃が走る。クロネの顔を見て見ると、その顔が少し下を向く。視線を追ってみると――クロネの右わき腹に鋭い爪が背後から突き刺さっていた。
えっ?
あの狼は――めり込んだ壁から這い出て来ていた。だから、この爪はあの狼のものじゃない。だったら、どこから?
視線を下に向けて見ると――地面から猿の魔物が上半身だけを出して、クロネに爪を突き立てていた。……なんでそんなところに?
その爪が勢いよく引き抜かれ、猿は地面の中に消えていった。その衝撃でクロネの体が私に倒れてくる。
「クロネ!」
「ぐっ……。一体、何がっ」
「今、回復する!」
鮮血で染まった右わき腹に手を近づかせて、魔力を集中させる。
「ユナッ!」
その時、クロネの切羽詰まった声が聞こえた。次の瞬間――頭に向かって鋭い爪が突き出される。
バチンッ!
だが、その爪は私の防御魔法で弾かれた。振り向くと、先ほどの猿の魔物が地面に埋もれて、腕を伸ばしていたところだった。
その猿の魔物は私に攻撃が通じなくて、顔を顰めた。そして、その顔のまま地面の中に沈んでいく。
よく見ると、猿が消えていった地面は黒く影になっており、その影が自由に動いているように見える。もしかして、影に隠れる事が出来る魔物?
「ユナ、回復した。ありがとう」
「あっ、ごめん!」
無意識に回復魔法をかけていた。慌てて手を離すと、クロネはしっかりと一人で立ってみせた。
路地には唸り声を上げる狼、それに影に隠れる猿の魔物。この状況……どうやって切り抜けよう。
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