48.(ランカ視点)
ある日、気づいたら親がいなくなっていた。どこに行ったかは知らない。町中を探したけれど、親の匂いはどこにも残っていなかった。どうやら、ランカは置いて行かれたみたいだ。
住む場所を無くしたランカはスラムで生きていく事になる。スラムは子供ひとりで生きるには、あまりにも冷たくて、怖い場所だった。
何も持たない子供は、スラムでは獲物だ。油断すれば蹴られる。逃げれば追われる。弱さを隠さなければすぐに漬け込まれる。
空腹は友達だった。毎日、何も食べられない日が続いたこともある。ゴミ捨て場を漁り、捨てられたパンのかけらを拾った。かびていた。苦くて、口の中に変な味が広がったけど、それでも食べた。食べないと、次の朝を迎えられないから。
冬の夜、薄い布一枚で震えながら丸くなる。体の熱がどんどん逃げていって、目を閉じたら、そのまま二度と開けられなくなる気がして、怖かった。
優しい人はいなかった。言葉をかけてくる人間ほど、ろくでもない人ばかりだった。最初に信じてついて行った女に、裏通りで売られそうになったことがある。その時は必死で逃げた。あの時、逃げなかったらどうなっていたか分からない。
ランカには何もなかったら、何者にもなれなかった。力がなかったから、常に奪われる側だった。それが、嫌だった。
ランカにも何かあれば。そう思っていた時にランカは出会った。
「君には凄い才能がある。良かったら、一緒に来ないか?」
自分の力のなさに嘆いていた時に差し伸べられた手。優しい笑顔を浮かべた男がそうランカに言った。
ランカに凄い才能? その言葉に飛び上がりそうなほどに嬉しい気持ちになった。ランカにも何か力があるの? 何者にもなれる力が!
ランカはその男についていった。その男は教会で神官をしている人で、ランカは教会に連れていかれた。
そして、そこで神官見習いとして一時的に身を置いてもらえることになった。そこの生活は厳しいけれど、スラムに比べたらとてもマシだった。
美味しい食事は出るし、温かいベッドで寝ることも出来る。待ち望んでいた生活にランカは有頂天になった。
でも、そこは教会。信仰心のないランカを神官見習いにする事を認めない神官たちもいた。その神官たちはランカを厳しい目で見るけれど、その度にランカを連れてきた男の神官が擁護してくれる。
そのお陰で、しばらくは良い生活が送れた。
だけど、ランカが欲しいのは良い生活ではない。ランカが欲しかった力をくれるというからついてきたのだ。
その事を話すと、男の神官は一つの小瓶を取り出した。
「この中に入っている液体には、君の才能を開花させる力が入っている。力を開花させたい時に飲めば、君には何百倍もの力が手に入るだろう」
そういうのが欲しかった! これさえあれば、ランカは何かに怯えることもなくなる。何かに屈しなくてもいい。何者かになれるんだ。
「ランカには力を使いたい人はいるのかい?」
「ランカを傷つけた奴らが許せない。あいつらに一泡吹かせたい」
「なら、その人たちの目の前でこの液体を飲むと良い。きっと、ランカの望むものが手に入るはずだよ」
じゃあ、そいつらの前で液体を飲む! そうしたら、凄い力が手に入ってあいつらをコテンパンに出来るはず!
それから町を歩いて、あいつらを探した。だけど、あいつらは中々見つからない。スラムで匂いを嗅ぐが、最近はここにいないみたいで奴らの匂いがなかった。
だから、町中を探し歩いた。その時、ユナとクロネがやってきて、ランカの邪魔をしてくる。今は構っている暇はない。ランカは二人に構うことなく、あいつらを探し歩いた。
そして、とうとうあいつらを見つけた。
あいつらはランカから奪った銀貨を使って宿に泊まり、美味い飯を食べて上機嫌だった。本当はそのお金はスラムと子供たちと分ける予定だったのに……。
「おっ、ランカじゃねぇか。なんだぁ? 神官みたいな服を着やがって」
「またお金を持っているかもよ。奪っちゃいましょうよ」
「そうだな。あの約束なんてどうでもいい。おい、ランカ。金を持っているんだろう? 出せよ」
「なら、こっち来て」
スラムの大人たちを路地に連れ込んでいく。入り組んだ路地の奥に入り、一目がない所まで連れてきた。ここなら、周りにも見えない。
「おいおい、こんなところまで連れ出してどうするつもりだ」
「あんたらに渡す金はない」
「あぁ? なんだって?」
「この間の借りを返す」
「借りを返す、だと? お前に何ができるっていうんだ! またナイフで刺してやるよ!」
ランカの言葉に大人たちは笑い、真新しいナイフを取り出した。本当なら逃げる場面だけど、ランカには力がある。
貰った小瓶を開け、中に入った液体を飲む。これで、ランカにも力が――あれ?
体が急に熱く? それに体中が痛い? なんで? 力が出てくるんじゃなかったの?
熱い! 痛い! 全身が焼けるようだ。火に包まれたような灼熱が、骨の芯まで突き刺さってくる。
「な、なんだこいつ……!?」
「身体が膨らんでっ!?」
目の前の大人たちが戸惑ったように後ずさる。でも、ランカにはもう彼らの声が遠くにしか聞こえない。
皮膚の下で何かが蠢いている。筋肉が膨れ上がり、骨がミシミシときしむ音がする。小さな手足がみるみるうちに太く長くなっていく。爪が黒く伸び、指先が鋭く尖った。
「が……ッ! ガァアアアアアッ!!」
喉の奥から絞り出すような叫びが漏れる。人間の声じゃない。喉の構造が変わっている。声帯が引き裂かれ、獣の遠吠えのような音に変わっていく。
毛が生える。灰色の濃く、粗い毛が全身に広がっていき、元の滑らかな肌を覆い隠した。耳がピクンと動き、頭の上に三角の形で突き出す。鼻先が前へ突き出し、口は獣のように裂け、鋭く白い牙が並ぶ。
恐怖で歪む大人たちの顔を見て、フッと意識が無くなった。
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