46.ランカを説得
教会の中は信仰心が溢れ、慈愛に満ち、神聖な気持ちになれる場所ではなかった。神官たちは信徒たちに信仰を強要し、祈りの時間を長くさせた。
そんなに横暴な事をしたら、信徒は減るんじゃないかと思ったが……この国の人は神の恩恵を信じている。神に祈る事が普通だし、神は人々にとって心のよりどころになっていた。
だから、急に神に祈りを捧げることをやめる人はいなかった。祈る神は変わっても、人々は神の恩恵を信じて祈りに来る。
私たちが見守っている中、信徒は続々とやってきて、祈りを捧げている。でも、その顔はどこか憂鬱そうな顔をしていた。それもそうだ、神官たちが目を光らせて間違いのない祈りを強要してくるのだから。
「前は、こんなんじゃなかった。もっと笑顔が溢れ、祈った人が心穏やかになる場所だった……」
以前の教会の姿を知っていたクロネの言葉だ。その目はとても寂しそうに見えて、変わってしまった現状を嘆いているように見える。
神官たちは信仰に口うるさいというのに、信仰心がないと言っていたランカが神官見習いになれるのはやっぱりおかしい。
もしかしたら、ランカが口にしていないだけで、その事で強く咎められているかもしれない。それ以上の事も……そこまで考えると嫌な予感が頭をよぎる。
それとも、別の意図が? でも、それが分からない。やっぱり、このままランカを神官見習いに置いておくのは危険すぎる。
「ねぇ、クロネ。ランカに神官見習いを止めるように説得しようよ」
「そうだな。信仰心のないランカが教会に関わると碌な目に合わない」
私たちはすぐに行動に移した。まずは、ランカがどこにいるのかを確かめないといけない。
私は勇気を振り絞って、近くの神官に声をかけた。白く重厚な法衣に身を包んだその男は、厳めしい表情のままこちらを睨みつけてくる。まるで、まだ祈っていない私たちを咎めるようだ。
「あの、灰色の狼耳の獣人でランカっていう子が神官見習いにいると思うんですが……。どこにいますか?」
「灰色の狼耳……。あぁ、あの子か。確か外に出されていたな。なぜ、あんな子が特別扱いを……」
とても気になる言葉を聞いたけれど、ランカは教会にはいないらしい。
「それはともかくとして、君たちはまだ祈っていない。早く他の信徒に混じり、祈りを……」
そういう神官から逃げるように私たちは教会を出て行った。私たちの後ろではその神官が怒声を上げているが、気にしている余裕はない。
◇
町に出たと言われたランカを探しに、私たちは町の中を歩いて、ランカの姿を探す。
「神官見習いなのに、教会にいないって変だよね。普通なら、教会の事を勉強するはずだよ」
「特別扱いって言っていたな。一体、何を考えているんだ?」
「分からない。けど、分かっていることは今が変な状況だってこと。そんなところにランカを置いておけないよ」
不可解な事が多すぎて、色んな事を疑ってしまう。このままだと、ランカが何かに巻き込まれてしまうような……そんな言いようもない不安があった。
早くランカを見つけて説得しなければ。その思いだけで、ランカの姿を探しに歩き回った。
町の通りを歩き、路地を進み、ランカがいそうな場所を探していった。すると、クロネがピタリと止まる。
「これは……ランカの匂い。近くにいる」
「本当!? じゃあ、早く行こう」
ようやく、ランカを見つけた。クロネは足早に路地を進むと、私はその後を追って行った。いくつかの路地を曲がった後、路地の先に狼耳が見えた。
「ランカ!」
声を上げて近づくと、ランカがこちらを振り返る。
「ユナにクロネじゃないか。どうしたの?」
「良かった、まだなんともないんだね」
「どういうこと?」
そこにいたのは普通のランカ。灰色の法衣を纏っていて綺麗になっているけれど、普通のランカで間違いない。
「ランカが何か酷い目に合わされているんじゃないかって思ったんだ」
「ランカが? もしかして、教会の様子を知っている? まぁ、あんまり周りの目は良くないけれど、ランカを拾ってくれた人のお陰でなんともないんだ」
「教会にいて辛い事はない? いじめられているとか、暴力を振るわれたり」
「そんなことないよ。やっぱり、信仰心がないから他の神官たちの視線は痛いけれど、誰もランカに危害を加えてこない。少なくとも、スラムよりは快適に過ごしているよ」
私たちが思っていたようなことはないみたいだ。本当に暴力を振るわれていないか、肌とかを確認したかったけれど、ここじゃあ無理だし。
こんなことを話している場合じゃなかった。本題を話さないと……。
「ランカが神官見習いになったのは、やっぱりおかしいよ。他の神官たちは信仰に執着しているみたいだし、信仰心のないランカを神官見習いにするなんて」
「あの神官たちの様子を見るからに、ランカを本当の神官にするつもりじゃない。別の意図があるんじゃないか?」
「別に本物の神官になろうとは思ってないよ。ただ一時的に匿ってもらっているだけだし。時期が来たら、教会を出て行っていいって言ってくれているし」
それはいくらなんでもランカにとって都合が良すぎないか? それに、ランカなら簡単に人を信じなさそうなのに、どうしてこの話を信じているのか、不思議で堪らない。
「ランカ、今すぐ神官見習いを止めよう?」
「やだ。ランカにはランカの目的があるから」
「その目的ってなんだ?」
「教えないよ」
頑なに神官見習いを続ける何かがランカにはあるっていう事?
「その目的に協力する。だから、神官見習いを止めて」
「ユナたちが? そんなの無理だね。だって、特別な……」
そこまで言って、ランカは両手で口を塞いだ。
「悪いけど、ユナたちは何も出来ないよ。ランカの気持ちなんて知らない癖に。分かったような口を聞くな!」
そう言って、ランカは私たちの前を立ち去っていった。ランカの悲痛な叫びを聞いて、私たちの足は止まってしまった。
もし、無理やりにでも止めたら、どうにかなっていただろうか?
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