42.ランカを襲った連中
「……」
「……」
二人で無言になって歩く。考えているのは、先ほどのランカの事。
私の渡したお金がランカを傷つける結果になってしまって、罪悪感がずしりと圧し掛かる。もし、私がお金を渡さなかったら……ランカは傷つけられずに済んだだろう。
「私のせいでランカが……」
「いいや、ユナのせいじゃない。ランカのお金を狙った奴らが悪い」
「でも、私が渡さなかったら、ランカは酷い目に合わずに済んだのに」
「ユナの行いは間違いじゃなかった。だから、自分を責めるのは止めろ」
クロネの言葉は、いつもより少しだけ強かった。でも、それが逆に優しさとして伝わってくる。
私は俯いたまま、小さく唇を噛んだ。
「でも……あのとき、私は何も考えずにお金を渡しちゃった。ランカの暮らしや、周囲の目まで気にせずに……。無責任だったと思うの」
その言葉に、クロネは立ち止まり、私の正面に回り込んだ。そして、まっすぐ私の目を見て言った。
「じゃあ、ユナはお金を渡さなかったら良かったって思ってるのか?」
「それは……」
返事に詰まる。
あのとき、ランカが本当に困っていたのは事実だった。何も持たず、誰にも頼れず、飢えに耐えていた。助けたいという気持ちは本物だった。でも、その結果があの傷だと思うと――。
「たとえ結果がどうなっても、困ってる子に手を差し伸べられるユナの優しさは本物だ。私は、そういうユナを誇りに思ってる」
「クロネ……」
「だから、自分を責めるのは止めろ。辛そうなユナの顔を見るのは、あたしも辛い」
クロネの真っすぐな気持ちが伝わって来る。そのお陰で私の中の罪悪感が薄れていくのを感じた。
「うん、クロネ……ありがとう」
「いい。ユナの気持ちが大事」
クロネに励まされて、私も元気が出た。うん、落ち込んでなんかいられないね。
そのまま歩いていた時――クロネがピタリと止まった。
「クロネ?」
クロネは路地をじっと見て、鼻を動かしていた。
「ほのかにランカの血の匂いがする」
「えっ!?」
さっき、助けたばかりなのに、もしかしてまた誰かに傷つけられた!?
そう思っていると、クロネの目が鋭く細められた。
「これは……ランカじゃない。きっと、ランカを傷つけた連中」
「じゃあ、この路地の先にその人達がいるってこと?」
「……あぁ。ランカを傷つけた事……後悔させてやる」
「ちょっ!」
すると、クロネは路地に向かって歩き始めた。慌ててその後を追う。
前を歩くクロネからは威圧が出ていて、次第のその威圧が強くなっていく。耳は路地の向こう側に向いていて、もしかして声を拾っているのだろうか? どんどん、クロネの怒りが増えているように思える。
そして、何度目かの路地を曲がった先に男女の大人たちがたむろしていた。みんな上機嫌に何かを話しているみたいで、その話し声が聞こえてくる。
「いい臨時収入だったな。これからは定期的に子供たちを締め上げないと」
「一体どこからそのお金が出てきたんだろうな?」
「どうせ、盗んだんだろう? まぁ、いい。どうせ、また盗むからこっちが奪い取ればいい」
とてもじゃないが、聞いていられない内容だった。だけど、その話を聞くと私も怒りがこみ上げてくる。
その大人たちに向かって、クロネは近寄った。
「おい」
「あぁ、なんだ?」
「お前たちだろ。ランカを傷つけて、お金を奪ったのは」
「なんだぁ? ランカの友達かなんかか?」
「丁度いい。こいつらも金が持ってないか、調べてみようぜ」
クロネが声を掛けると、大人たちはニヤニヤとして笑いながら立ち上がった。そして、腰にぶら下げてあったナイフを取り出す。
「へへっ。痛い目になりたくなかったら、お金を出すんだな。じゃねぇと、ランカみたいに刺すぞ」
「どうして、ランカに酷い目を負わせた」
「スラムに住んでいる子供は俺たちの下僕なの。だから、好きなようにして何が悪い」
「ランカたちは下僕じゃない!」
「生きてる価値もない奴らの事をどう扱っても咎める奴はいねぇよ。あいつらは死ぬまでこき使ってやるよ」
大人たちの心無い言葉に私たちの怒りは高まった。クロネは背中から双剣を取り出すと、大人たちは少し驚いた顔をする。
「へ、へぇ……俺たちとやろうっていうのか?」
「この数に勝てると思っているのか? ただの子供が」
「痛い目見る前に止めといたほうがいいんじゃないか?」
クロネが立派な双剣を取り出して驚いているようだけど、それだけでは引き下がらない。じりじりと距離を詰めてくる大人たちに向かって、クロネが睨みを効かせる。
「お前たちを……斬る」
町の中で流血沙汰は問題になる。私はクロネの前に立って、それを制した。
「クロネ、ここは私に任せて」
「おいおい、可愛らしいお嬢ちゃんに何が出来るっていうんだ?」
私は深く息を吸い込み、胸の奥に潜む魔力を静かに呼び起こす。
「何ができるか、見せてあげる」
魔力を放出すると、大人たちが持っているナイフを包み込み、その手から奪って見せた。
「なっ!?」
そのナイフを私の方に近づかせると、魔力でナイフを圧縮する。すると、ナイフは脆く崩れ去り、粉々になって地面に落ちていった。
「ナイフがっ!?」
「おじさんたちもこんな風にしちゃうよ?」
「そんな脅しに屈するとでも思っているのか!?」
ナイフがなくなった大人たちは一斉にこちらに駆け寄ってきた。だけど、その体がピタリと止まる。私の魔力でその体の動きを止めているからだ。
「何っ……体がっ!」
「腕が変な方向に!?」
「いででででっ!」
大人たちを全員地面に伏せさせると、腕を後ろにして関節を決める。すると、大人たちは悲鳴を上げた。
「腕がっ……折れるっ!」
「いでぇっ、いでぇよぉっ!」
「や、やめっ! いででででっ!」
「これで、分かった? 今度からランカに酷い事をしないで」
「ひ、ひぃ……わ、悪かった、悪かったって!」
「二度と傷つけないって誓える?」
「ち、誓う! もう何もしねぇ! だから、許してくれ!」
私は彼らをじっと見つめた。小さな命を平然と踏みにじるような人間たち。許す価値があるのか、一瞬悩んだ。だけど、その選択をすると私もこの人たちのように落ちぶれてしまう。同類にはならない。
「次、同じことをしたら、今度は風じゃ済ませない。燃やすか、凍らせるか……」
「ひ、ひぃぃぃっ……!」
「わ、悪かったー!」
私は手を叩くと、大人たちの拘束は解けた。すると、大人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
これが抑止力になればいいけれど……。そう思っていると、肩を叩かれた。
「ありがとう。あたしは冷静じゃなかった」
「ううん。町の中で剣を振り回すのは、クロネの身が拘束されちゃうかもしれないから。それは、嫌だなって思ったの」
「……そうだよな。お陰で助かった。あのままだったら、首を刎ねていた」
クロネが人殺しにならなくて、本当に良かった。私たちに出来る事はこれくらいだ。これで、少しはランカも暮しやすくなればいいのにな。
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