37.殲滅
私は迷わず、血と死体の海へと駆け出した。
「クロネ!」
その名を叫んだ瞬間、クロネの鋭い視線がこちらを向いた。私の知らない、本気のクロネの目。だけど、不思議と怖いとは思わなかった。
そして、目が合う。そこには、あの優しくて、私の言葉に少し照れくさそうに頷いてくれたクロネの面影はなかった。獣のような、殺意を纏った瞳が私を射抜く。
「……ユナ?」
だけど、私の名前を呼ぶとその色が変わった。全身から放たれていた威圧が緩み、険しい顔が薄れていく。
いつものクロネの気配だ。その事に安堵しながら、私はクロネに近寄った。
「全身血だらけ! 怪我はどこ!?」
「……これは殆ど返り血。怪我もかすり傷程度だから大丈夫」
近寄ると、息が上がっている事に気づいた。こんなに息が上がったクロネを見るのは初めてだ。きっと、休みなく動いていたせいだろう。
かすり傷しかないようだけど、心配だ。私はすぐに魔力でクロネを包み込むと、回復魔法に変異させた。
「これで傷は癒えたはずだよ。クロネ……一人で頑張ってくれてありがとう。村人はもう大丈夫だよ」
「……そうか、良かった。ここで足止めしていたかいがあった」
私の言葉を聞いたクロネは安堵したように息を吐いた。すると、クロネの重心が少し下がった。体の力みがなくなったらしい。咄嗟にその体を支えた。
「こんなに無理して……。少しは休んでいて」
「いや、休んでなんかいられない。まだ、あんなに残っている」
顔を上げるクロネの先には、百を優に越えるゴブリンの姿があった。様々な武器を持ったゴブリンから、倍の大きさのゴブリンに、狼に乗ったゴブリン。様々なゴブリンがこちらの様子を窺っていた。
「あいつらなんて、私の魔法で倒すから。少し休んでいて」
「ユナが? ……いや、一人じゃ」
「私がクロネを信じたように、クロネも私を信じて」
真剣な目で訴えかけた。目と目が合うと、クロネの目が少し戸惑いで揺れる。だが、目を閉じた後に真っすぐこちらを見つめてきた。
「分かった。ユナを信じる」
「ありがとう」
そう言った、クロネを地面に座らせた。そして、私はゴブリンに向かって仁王立ちをする。
ゴブリンたちは新しい獲物が来たことに喜んでいるみたいだった。気持ち悪い下卑た笑みを浮かべて、攻撃する隙を窺っている。
こんなに数がいたんじゃ、手が足りない。だから、新しいやり方が必要だ。
私は頭上に大きな魔力の塊を作った。それはどんどん膨らみ、まるで小さな月のようになる。
その魔力の塊と私を繋ぐ。こうすることで、私の意識が魔力に繋がった状態になった。あとは、私が意識をするだけで、魔力の塊から魔法に変異した魔力が放たれる。
準備は完了だ。
「さぁ、どこからでもかかってきなさい!」
声を張り上げると、ゴブリンたちは興奮して一斉に飛び掛かってきた。まず、飛び出してきたのは狼に乗ったゴブリン。一気に距離を詰めてきた。
狼とゴブリンの頭部に意識を向ける。すると、魔力の塊から魔法が放たれた。次々と放たれる魔法は真っすぐ飛んでいき、狼とゴブリンを爆破させた。
辺りに爆発音が鳴り響く。爆発に巻き込まれた狼とゴブリンは粉砕され、地面の上に横たわった。
「まだまだ!」
前に出ていた一列を倒しても、その後ろにはすぐ違うゴブリンたちが襲い掛かって来る。今度はそのゴブリンたちに意識を向け、魔力の塊から魔法を放つ。
魔法は正確にゴブリンに向かっていき、その体を爆破した。目の前で爆発の連鎖が起きて、余波の風が飛んでくる。目を閉じたくなるが、それだと魔法は放てない。
目を凝らしてずっと見ていると、爆発の煙の中からまた新しいゴブリンたちが立ち向かってくる。だが、私に見られたからにはもう魔法から逃げられない。
魔力の塊は休みなく魔法を討ち続ける。私が見ている方向に正確に飛び、ゴブリンたちを爆破させていった。
爆破は鳴り止まず、ずっと続いている。そして、積み上がっていくゴブリンの死体。私は一切の容赦はせずに魔法を放ち続けた。
「凄い……。ゴブリンがあっという間に」
その光景を見ていたクロネが驚きで口を開いた。姿を現せばすぐに迎撃される光景に度肝を抜かれたらしい。今までの魔法に比べれば、殲滅力が跳ねあがっているからだ。
爆破の連鎖がおき、その度にゴブリンたちが吹っ飛んでいく。その光景だけが繰り返されていく。圧倒的な数にはそれを上回る力でねじ伏せる、これが一番の得策だ。
そして、とうとう――爆発の煙の中からゴブリンが飛び出さなくなる。
風の魔法で爆発の煙を吹き飛ばすと――そこには山となったゴブリンの死体があった。立っているゴブリンの姿は見えない。私たちの勝利?
そう思っていると、森の中から大きな足音が聞こえてきた。ゴブリンの四倍くらいはある巨漢。手には大きな剣を持っている。そんな魔物が三体。
そして、その後ろにはその魔物よりも少しだけ小さい魔物。だけど、その顔はゴブリンに似て、凶悪そのもの。この中で一番良い服に身を包み、手には杖を持っている。
「あれは……ゴブリンチャンピオンとゴブリンロード。ゴブリンの最上位種」
最後に現れたのは、ゴブリンの最上位種だった。
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