29.これからのこと
「いらっしゃい! あら、可愛いお客さん!」
宿屋の中に入ると、受付にいたお姉さんが微笑ましい顔をしてこちらを見てきた。
「宿泊を頼む」
「はーい。一人一部屋だったら、一人二千四百コール。二人で一部屋だったら、一人千九百コールよ。食堂もやっているわ、一食六百コールだからね」
「どうする?」
「じゃあ、二人で一部屋で」
「はーい、二人で一部屋ね。何日泊る?」
「とりあえず、一週間」
「じゃあ、合計で二万六千六百コールよ」
お姉さんに言われた金額を払うと、私たちは鍵を受け取った。その鍵には304号室と書かれてある。
「三階にある部屋よ」
「ん」
「ありがとう」
お礼を言うと、私たちは受付横にある階段を登って三階に行った。そして、304号室を見つけると中に入る。部屋の中は二台のベッドが離れて設置され、机と椅子、クローゼットなんかが置いてあった。
そのベッドに腰かけると、ようやく一息つくことが出来た。
「ようやく、落ち着いたね。今日は色んな事があって、くたくただよ」
「ユナは大変だったな。冒険者ギルドでの勝負があったから」
「クロネもランカと色々あって大変だったでしょ?」
「あれくらい、大変なことには入らない。遊びのようなもの」
あれが遊びかぁ……クロネはめちゃくちゃ体力があるね。私には到底あんな動きは出来ないよ。魔力を使えばどうにかなるかなぁ……まだまだ検証の余地はありそうだね。
「ユナからやる気の気配。あたしと修行する?」
「そんな事まで分かるの?」
「分かる。というか、ユナは感情が読みやすい」
「そ、そっか……。なんか、クロネに丸裸にされている気分だよ」
「丸裸にしたのはユナの魔力のせいだ。だから、おあいこ」
「だって、あれはクロネが服を脱がなかったから……」
クロネはあの時のお風呂の事を気にしていたの? まぁ、強引に裸にしたのは私が悪いけどさぁ……。丸裸の意味が違うと思うんだけど!
「それで……修行する?」
「今日は疲れているから無理かな? 修行はしたいとは思っているよ」
「なら、どうする? 二人で戦い合うか、魔物を倒すか」
「うーん」
修行の話をするクロネはワクワクといった様子だ。本当に体を鍛える事が好きなんだと思った。
それにしても、修行かぁ……。魔力はチートだけど、まだその扱い方がなっていないから、修行は必須だ。
今のところ、困っているのは……集団戦の時だ。オークの集団戦の時、乱戦という形になった。魔法を放とうとすると味方にぶつかる危険性があったため、ろくな魔法が打てなかった。
もっと経験があれば、味方に魔法を当てずに対処出来ただろう。数の多い敵にも対処出来たはずだ。
あと、今日のエルジャンとの戦。魔法は防御魔法で防げるけれど、どれだけ防げるかは分からない。だから、あーいう魔法を撃ち落とせるようになりたい。
魔力を魔法に変異させる事は大丈夫だ。私に必要なのは魔法に変異させた後の操作だ。味方に当たらないように多くの敵を屠る精度、速度と威力のある魔法を撃ち落とせる精度。それらが欲しい。
それを解決するためには、検証出来る多くの敵が必要だ。
「数の多い魔物を倒したい」
「数の多い魔物……オークとか?」
「オークはちょっと動きが速かったかな。もう少し弱くて数の多い魔物はいる?」
「それだったら、ゴブリン種なんかいいんじゃないか? 弱い敵から強い敵までいて、数が多い。自分の力量に合わせて、相手を選べる」
「じゃあ、ゴブリン種と戦って魔法の精度を上げたい」
オークよりは弱そうだから、大丈夫かな?
「なら、決まり。しばらくはユナの修行に付き合う」
「ありがとう、クロネ! 魔法の精度が心配だったから、助かるよー」
「いい。強くなったユナと戦うのが楽しみ」
あー、なるほど。クロネはそれを目的にしていたから、私を強くしたかったんだね。
「じゃあ、クロネが勝てないくらいに鍛えないと」
「それは、嬉しい! だったら、ユナを鍛えに鍛えまくろう! そして、あたしと戦って」
クロネの期待値が高いような気がする。これは、真面目に頑張らないと……。
「ユナはそんなに強くなってどうするんだ? 倒したい相手でもいるのか?」
「えっ? そうだなぁ……ほら、私って捨てられたじゃない。だから、頼る相手もしないから自分の足で立っていなきゃいけない。そのために、力が必要かなって思ったの」
そう、私には自分の身を守ってくれる人がいない。だから、自分の身は自分で守らなくてはいけない。そうすれば、自分の立場も固まってくる。
あと、もう一つ野望がある。
「それに、褒章メダルっていうものを集めれば貴族になれるんでしょ? それを集めるのもいいかなって思っているの」
「ユナは貴族になりたいのか?」
「……うん。今、私に居場所はないでしょ? それがとても不安なの。だから、貴族になってちゃんとした自分の居場所を作りたい」
捨てられた私には居場所がない。誰かに頼ることも出来なければ、誰かが支えてくれるわけでもない。それがとても心細い。
「貴族になれば、住む場所も保証されるし、身分もある。それって、誰も守ってくれない状況だととてもありがい事だと思うの」
「……そうか。見捨てられたのが堪えたんだな」
「多分、そうかな。だから、自分の身は自分で立てる! そのためには力を得て、褒章メダルを集めて、地位を築くの!」
思いの丈を口にした瞬間、胸の中が少し軽くなった気がした。言葉にすることで、覚悟が輪郭を持ったのだ。
「……うん。目標があって、いいと思う」
「そう? クロネにも目標があって、私にも目標がある。二人で一緒に頑張っていけば、きっと目標に手が届くよね」
「一緒に頑張るか……。まぁ、いいんじゃない?」
少し素っ気ない口調だけど、しっぽが揺れていてどこか嬉しそうだ。
「一緒に目標が達成出来るといいね」
「あたしの方が早いかもよ」
「もう、クロネったら!」
そう言って、私たちはじゃれ合った。
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