28.狼耳獣人ランカ
路地の先に立ちふさがるクロネ。その視線の先には、一人の少女がいた。
灰色の髪に大きな狼の耳、そして長い尻尾。年齢は私たちと同じくらい。けれど、その瞳は子供らしからぬ冷静さを湛えていた。
「その袋、返せ」
クロネが静かに言う。その声は低く、いつもの声とは空気とは違っていた。
少女は肩をすくめ、手に提げていた袋をヒョイと掲げる。それ、私の銀貨の入った袋!
「返せ? 何を言っているの? これはランカのだよ」
「いや、お前がユナにぶつかった拍子に盗んだもの」
「それ、いつの話? ランカはここにずっといたから、ユナっていう子は知らないなぁ」
ランカと名乗った少女はそれが自分のものだという主張をした。そんな訳がない! 確かにそれは私が持っていた袋だよ!
「嘘を言うな。お前の匂いを辿ってここまで来た。お前は確かに通りで歩いていたユナにぶつかった奴だ」
「……獣人って面倒だね。匂いで分かっちゃうんだもん」
「認めたな。だったら、それを返せ」
「こんな銀貨で何熱くなってるの?」
ランカはこちらを見て私たちをあざ笑っているようだ。だけど、クロネはその調子には乗らない。
「銀貨が大切なんじゃない。ユナの思いが詰まったものだから。その気持ちまで盗むな」
「ただの銀貨に思いが詰まっている? おかしなことをいうね! 馬鹿じゃない!」
「……そう、返す気はないのか」
「だったら、どうする?」
ランカがクロネを挑発する。しばらく、冷静だったクロネだったが、その目が鋭く光る。次の瞬間、クロネがバッと飛び出して行った。
「速っ……!」
正面から突っ込んでいったクロネが手を伸ばすと、ランカが袋を背中に回す。だが、クロネは慣れた様子で背後に回った。
「そうはいくか!」
後ろ手に持っていた袋を今度は頭の上に移動させる。だけど、それでクロネは止まらない。軽く跳躍をすると、ランカの頭上から手を伸ばして袋を奪おうとする。
「くっ!」
その気配を察知して、ランカは袋をお腹の辺りに引っ込めた。だけど、そこに着地をしたクロネが迫る。至近距離にまで近づくと、お腹に抱えた袋に手を伸ばす。
「このっ!」
ランカは後ろに下がって、クロネの手から逃れようとする。だが、クロネの動きの方が俊敏だ。もう少しで袋に手が届きそうなほどに、ランカを追い詰めていく。
「しつこい!」
「そっちこそ」
二人の必死の攻防を見ていて、手に握る。二人の動きはもう私の目では追えないほど速くなっていて、良く分からない。凄い速さで動き回る二人が凄すぎる。
固唾を呑んで見守っていると――。
「あっ!」
ランカの声が上がった。すると、クロネが一瞬でランカとの距離を取る。
「返してもらった」
そう言ったクロネの手には袋が握られていた。良かった、返ってきた!
「それは、ランカのだ!」
だけど、それでもランカは諦めない。クロネとの距離を詰めて、また奪おうとする。
「しつこい。どうして、この銀貨に執着する」
「うるさい! お金が必要なんだよ!」
「だったら、働けばいい。お前だったら、冒険者くらいは出来るはずだ」
「登録費用すらないんだよ!」
「少し町の中で働けば、すぐに手に入るだろう」
「ごちゃごちゃ、うるさい!」
二人は素早い動きを攻防を繰り返しながら、普通に喋っている。私ならあんな動きをしていたら、喋れないのに……。
でも、このランカはお金が必要らしい。よく見ると、服は擦り切れていて、髪も毛も薄汚れている。もしかして、まともな生活を送っていない子なんだろうか?
元々、あの銀貨は寄付をして、恵まれない子たちのために使ってもらったら……と思っていた。もし、ランカが恵まれない子だとしたら……。
「ねぇ、ランカは両親とかいないの?」
「関係ないだろ!」
「どうなんだ?」
「うるさいなっ、いないよ!」
「家は?」
「そんなもん、ないよ!」
ランカには両親も住む家もない。だったら、どうやって生きてきたんだろう。それを思うと、胸が張り裂けそうだった。
うん、決めた。
「クロネ、袋をこっちに」
「ん」
「あっ!」
クロネに袋を催促すると、投げてよこしてくれる。ランカはその袋を追って、私に迫ってきた。そのランカの目の前に袋を差し出す。
「……なんだよ、それ。取ってくれっていうの?」
「うん、そうだよ。ランカにはお金が必要だって分かったから」
突然、袋を差し出されてランカは戸惑った様子だ。
「このお金は寄付して、恵まれない子たちのために使ってもらおうと思っていたの。だけど、ここにそういう子がいるんだったら、その子に使ってもらった方がいいと思って」
「……はぁ? このお金を寄付? そんな、馬鹿なことを考えてたの?」
「私が使うのは、ちょっとズルなんだよね」
「……意味わかんない」
ランカは戸惑いつつも、その袋を再び奪った。
「だから、このお金を有効に使ってね」
「言われなくても、有効に使うよ。自分のためにね」
「うん、それでいいよ」
「……おかしなやつ」
そう言って、ランカは私たちを見ると、路地から走り去ってしまった。
「……いいのか?」
「うん、これでいいよ。さっ、私たちも行こう」
これで満足だ。きっと、あのお金はランカがちゃんと使ってくれるはずだ。それでいい。
私たちも路地から出て行った。
――だけど、この出会いが国を巻き込んだ騒動に巻き込まれるきっかけになるとは、その時の私は全く思っていなかった。
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