23.冒険者登録
重厚な扉を開けると、ざわめきが聞こえてきた。広いホールに置かれたテーブルには様々な冒険者が席に着き、思い思いの時間を過ごしていた。
酒を飲む者がいれば、カードゲームをする者もいる。真剣に話し合っているパーティーがいる脇では、ゲラゲラと笑い声をあげている冒険者がいる。
これが自由人が集まる冒険者ギルド。小説の中で見た景色がそこには広がっていた。
「わぁ、これが冒険者ギルド! 小説で読んだ雰囲気そのまま!」
「小説?」
「えっ、いや、気にしないで!」
いけない、あまり前世の事は話さないでおこう。色々突っ込まれたら、なんて説明していいか分からないから。
そんなことよりも、この冒険者ギルドの賑わい。その空間にいるだけで、ワクワクした気持ちが高まった。前の場所では殆ど家から離れる事がなかったし、こういう場所が珍しい。
あっ、いけない! あんまり注目を集めるような事はしないでおくんだった。どこに悪い人達がいるとも分からないから。私は害のない人間ですよー、って顔してかなきゃ。
「ユナ、行こう」
「う、うん」
クロネはこの環境になれているのか、平気そうな顔をしている。と言っても、マントだ顔半分が隠れているからあんまり表情が見えないんだけどね。
こういう時、経験者が近くにいると助かる。ここはクロネの言った通りに従って行こう。
クロネがカウンターに近づくと、受付嬢のお姉さんが驚いた顔をした。
「あの……お嬢さんたちは依頼者ですか?」
「いや、冒険者と冒険者希望者」
「冒険者……」
「はい。冒険者のタグ」
「こ、これは!? Bランクの証!」
始めは信じていなかったお姉さんだったけど、冒険者タグを出されてとても驚いた声を上げた。
だけど、その声がいけなかった。ホールにいた冒険者たちの視線が集中する。
その視線は、まるで獲物を見定めるかのような、重く鋭いものだった。たちまちギルドの空気が変わった。先ほどまでの賑やかなざわめきが嘘のように静まり、まるで凍りついたような緊張感が広がる。
しまった。目立っちゃった。
私は思わずクロネの後ろに隠れるようにして、小さく肩をすぼめた。人目を引くようなことは避けなきゃって、あれほど思っていたのに。
「おいおい、あの子どもがBランクだとよ」
「見間違いじゃないのか? あのちび……いや、お嬢ちゃんが?」
「タグは本物だったろ。けど、まさか……」
冒険者たちがひそひそと声を交わしながら、じろじろとこちらを観察してくる。明らかに疑念と興味と、少しの敵意が混ざった視線。
だけどクロネは、まったく気にした様子もなく平然と受付嬢に言った。
「これで冒険者だって信じた?」
「……はい、驚いてしまって申し訳ありません。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「この子の冒険者登録をしたい」
クロネが私の体を前に押し出した。その途端、周りの空気が変わる。
「見るからによわっちぃお嬢ちゃんが冒険者? 自殺志願者か?」
「冒険者を舐めてやがる。あんな嬢ちゃんに冒険者稼業が勤まるものか」
「誰か教えてやれよー。冒険者は無理だってな!」
私を嘲笑う声が聞こえてきた。まだ十歳の子供が冒険者になるなんて、無謀な事だったのだ。
だけど、捨てられた私が生きていくためには何かをしなければいけない。お店で働くにしても、この年齢ではまともな職もないだろう。
だから、制限のない冒険者として生きていくしか、私の道はないと思った。だから、誰が何と言おうとも私は冒険者になる。自分の力で地位を得られる、唯一の場所だ。
「ユナ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。」
クロネが、小さな声で尋ねてくれた。見えない顔の奥にはわずかな心配の色を感じる。その気持ちに応えるように私は頷いた。
「うん……大丈夫。やるって決めたから」
そう、私はやるって決めた。どんなに舐められても、笑われても、ここで諦めたら何のためにここに来たのか分からない。
「私の冒険者登録をお願いします」
はっきりとした口調で伝えると、困惑したお姉さんはおずおずと頷いてくれる。
「では、まずは登録用紙に」
「ちょっと待て。その前にユナの強さを証明する」
「証明……ですか?」
そういうとクロネはマジックバッグを取り出し、中から何かを取り出した。それは、先ほど倒したオークの集団だった。
取り出したオークの数を見て、ホールがざわついた。
「これ、あたしとユナで倒した」
「えっ、こ……この数を二人でですか?」
目の前に出されたオークの集団にお姉さんは戸惑い、信じられないような目で見てくる。それはホールにいた他の冒険者も同じだったようで――
「オークはCランクの魔物だが、あの集団を相手にするにはBランクの実力が必要だ」
「あの嬢ちゃんたちが? う、嘘じゃねぇのか?」
「きっと、寝込みを襲ったに違いない」
考察する人、戸惑う人、疑う人……様々な人がいた。色んな視線が絡みついて、居心地が悪い。だけど、クロネは全く気にせず話を進める。
「これも……」
「それは、Bランクのゴルガン!」
「二人で倒した」
次に取り出したのは、村で倒した魔物だった。その姿を見たお姉さんは驚き、ホールのざわめきが一層強くなった。
「なっ! Bランクだぞ!」
「俺たちでも倒せない魔物を……あの嬢ちゃんが? まさか、そんな!」
「信じられない。だが、死体はある……。ど、どういうことだ?」
困惑した様子が広がり、私を見る視線がより一層強くなった。いや、こんなに目立つつもりはなかったのに!
だけど、その状況に追い打ちをかけるようにクロネが最後の魔物を出す。
「このヴォルグレイはユナだけで倒した」
「「「な、なんだってーっ!!」」」
ギルドのホールが、まるで爆弾が落ちたかのようにざわめきで弾け飛んだ。
「ヴォルグレイって、この周辺で一番強い魔物だぞ!? しかも、Aランク! オレらのパーティーが全滅しかけたやつ!」
「それを……あの、ちっこい子が一人で!? 嘘だッ! 幻覚だッ!」
「夢だろ? これは夢なんだ……オレ、薬やっちまったかな……?」
頭を抱える冒険者、テーブルに突っ伏す冒険者、目をぐるぐる回しながらカードをぐちゃぐちゃにする冒険者……各所で阿鼻叫喚が始まる。
「さっき、自殺志願者とか言ってたの誰だァッ!! お前が自殺志願者だろ!」
「俺じゃない! たぶんアイツだ! アイツが言ってた!」
「えっ!? いやいや、お前だろ!?」
……うわぁ。静かに終わらせようとしたのに、なんでこんな騒ぎになるのぉ……。
お読みいただきありがとうございます!
面白い!続きが気になる!応援したい!と少しでも思われましたら
ブックマークと評価★★★★★をぜひよろしくお願いします!
読者さまのその反応が作者の糧になって、執筆&更新意欲に繋がります!




