2.目覚める魔力
目を開けたしばらくの間、自分が見ている景色を理解できなかった。
木々の間から差し込む陽光。鳥のさえずり。鼻をくすぐる草木の香り。そこは確かに、屋敷でも学校でもない……森の中だった。
「なんで……こんなところに?」
体を起こそうとした瞬間、ずきりと頭に痛みが走る。手で頭を抑えると、かすかに乾いた血がこびりついていた。
思い出すのは両親の怒鳴り声。頭に固い物をぶつけられた衝撃。倒れ込んだ床の固さ。それだけだ。
「捨てられたんだ……私」
震える声が森の静寂に溶けていく。貴族の家に生まれながら、魔法が使えないという理由で見捨てられ、森に置き去りにされた。
それが魔法が使えない自分の価値だったのだ。
とても悲しくて、泣きそうになる。
「どうして、私だけ他の人と違うのかな?」
膝を抱えて蹲って考える。私も他のみんなと同じように育ったはずだ。魔法が解禁される前はひたすら魔力操作をして、魔力の使い方を学んできた。
みんなと同じように育ってきたが、違う部分もある。それは私が日本から転生してきた転生者ということだ。
魔法が使える異世界に転生をして喜んだ。夢にまで見た魔法、それが使えると分かると転生してきて良かったと思った。
でも、現実は非情だ。まさか、私が魔法を使えないとは夢にも思わなかった。やっぱり、原因は私が転生者だからだろうか?
転生者だから、みんなとは違う魔力になったの?
私の魔力は目に見える。無色透明で感触がある、不思議な魔力。その魔力は私の意思で動かすことが出来るし、形も変えられる不思議な魔力。
だけど、他人の魔力は目に見えないし触れない。魔法が使えないって、もしかしてこの魔力が原因?
魔法が発動する原理は詠唱の力を借りて、魔力を魔法に変換されることで発動する。魔力があれば普通に魔法が発動出来るはずだけど、他人と違う魔力を持つ私は発動出来なかった。
やっぱり、あの魔力が原因で魔法に変換されないんじゃない? ということは、私は一生普通の魔法を使えないってこと?
「折角、魔法を使えるようになったのに……それは嫌だ」
魔法を使える日をずっと心待ちにしていた。だから、そう簡単に諦められない。
私はこの魔力を使って、魔法を使えるようになってやる! まずはこの魔力について色々と検証しないと。
そう思っていると、どこからか魔物の声が聞こえてきた。その声に恐怖で体が跳ねる。
「嘘……魔物!? 隠れなきゃ!」
急いで立ち上がり、木の影に隠れた。しばらく、身を隠していると森の奥から大きな体の魔物が現れた。
それは猪の形をしていて、自分の体の数倍は大きな魔物。体毛は針のように硬く、全身を覆っていた。目は赤く光り、鋭い牙が二本、地面をえぐるように突き出ていた。
魔物は息を荒げて、辺りの匂いを嗅いでいる。あちこちに顔を動かして、色んな場所の匂いを嗅いでいると、私が座っていた場所に鼻先が辿り着いた。
その場所を夢中で嗅いでいる。緊張しながら見守っていると、その魔物が鼻先を持ち上げた。
「ブモォォッ!」
明らかに興奮している様子だ。いきり立った魔物はもう一度同じ場所の匂いを嗅ぐと、その匂いを辿るように動き出した。
私の居場所を見つけようとしている!
体中から冷や汗がブワッと出て、恐怖で体が震える。ここにいるってバレたら、食べられちゃう! そんなのは嫌だ!
木の影に隠れながら、私は手に魔力を出した。魔力は無色透明で手にまとわりついてあるのが辛うじて分かる。
この魔力を使って出来る事は何? 他人と違う事は目に見える事、触れる事。……そう、魔力に触れるんだ!
だったら、もしこの魔力が刃のように形を変えれば、魔物を倒す武器になる。
「魔力さん……刃の形になれる?」
小さな声で囁いて、刃のイメージをした。すると、手に纏わりついた魔力が形を変える。
魔力は真っすぐ長く伸び、その先は鋭利で尖った形になった。
「嘘……本当に形が変わった」
私の思った通りの形になった。でも、強度は? 強度はどれくらいなの?
恐る恐る、その刃に触れてみると、まるで鉄を触っているような感触になった。今まで触ってきた魔力は弾力のある柔らかいものだったのに、硬さまで変えられるの?
これが、私の魔力。自由自在に姿を変える魔力だ。
「ブモォォッ!」
いけない。考えている内にどんどんこっちに近づいてくる。とにかく、この刃であの猪の魔物を倒さなくっちゃ。
猪の形をしているから、きっと真っすぐ走って来るはずだ。木にこの刃を取りつけて、真っすぐ走ってきたところを刺す。これしかない。
立ち上がり、適当な木に刃をくっ付けた。これで、後はあの魔物が走って来るのを待つだけ。
「ブモォッ!」
強い鳴き声が聞こえた。振り向くと、その魔物と目が合う。恐怖で体は震えるが、ここで負けてなんていられない。
「こ、こっちだよ!」
挑発するように手をブンブン振ると、猪の魔物は地面を何度か蹴り上げて、真っすぐ突進してきた。
物凄い圧力だ。座り込んでしまいそうになる。だけど、その恐怖に負けないように気をしっかり持った。
そして、十分に引き付けた後――真横に飛んで突進を避けた。
「ブモォォォッ!!」
猪の魔物は刃の付いた木に突進し、刃はその体を簡単に貫いた。
「ブモッ、ブモッ……」
体を貫かれた猪の魔物はジタバタともがいた後、脱力して動かなくなった。その姿を見て、私の喉がゴクリと鳴る。
「本当に倒したの?」
じっと見つめているが、猪の魔物は二度と動かなかった。それを確認すると、私は脱力したように地面にへたり込んだ。
「よ、良かった。なんとかなったよ」
不思議な魔力を使って、初めての戦闘を乗り越えた。その安堵で手が少しだけ震えている。
だけど、生き残った実感が湧いてきて、嬉しくなった。そうだ、私は生き延びたんだ! だったら、これからもこの不思議な魔力を使って生き延びてやる!
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