141.同調魔力の使い方
私の声が響いた瞬間、場の空気がぴたりと凍りついた。誰もが息を呑み、信じられないという視線を私に向けてくる。
その中で、最初に我に返ったのはレイナだった。
「……何を言っているんですか? あんなに魔物が湧き出ているのに、一人で防ぐつもりですの?」
「私の魔力なら、出来ます」
「はぁ? あなた、自分の力をどれだけ過信しているんです? その程度の魔力で、何百という魔物を相手にできるわけないじゃないですか」
吐き捨てるような声音。レイナの目には、はっきりとした侮蔑の色が浮かんでいた。まるで「分をわきまえなさい」とでも言いたげな顔だ。
「やっぱり、ここは私たちカリューネ教に任せるべきだと思うんです。結界を張って、この町を守ってみせましょう」
「結界を張るだけじゃ、魔物は消えません」
「まあ、聞いて呆れますわ。あなたみたいな子どもには分からないでしょうけど結界で安全を確保したあとに、魔物を討つのが正しいやり方なのです。町の人を危険にさらすなんて、非常識もいいところですわ」
言い方のひとつひとつに、棘があった。確かに、結界を張るのは正しい判断だ。だが、あの勢いで増えていく魔物を放置すれば、すぐに手がつけられなくなる。
「それも、私がやります」
「……は?」
レイナはあからさまに眉をひそめ、あざけるように笑った。
「あなた、一人で? ふふ……本気で言っているんですか? あきれますね。町全体を覆う結界なんて、人間ひとりに張れるはずないじゃないですか。それが出来るのは、神への信仰の力だけですよ」
冷たく笑うその顔は、まるで汚れたものでも見るようだった。彼女の中で、私はすでに無力な子どもとしか見えていない。
「だったら、見せてあげます」
「ふふ、いいです。あなたが魔力切れで倒れるところ、しっかり見届けてあげますわ」
レイナはあざ笑うように言ってから、一歩下がり、私に場を譲った。周囲の視線が一斉に集まる。誰もが半信半疑。いや、ほとんど信じていない。
けれど、私は深く息を吸い込んだ。大丈夫。私なら、やれる。
胸の奥でそう呟きながら、魔力を限界まで高めていく。体中を流れる熱が、指先から立ちのぼるようだった。そして、自分の魔力を、周囲の空気中に漂う魔力と同調させる。
次の瞬間、世界が変わった。自分の内と外の境界が溶け合い、すべての魔力がひとつになっていく。無限にも等しい力が、私の中を駆け抜けた。
「この町を、守って」
強く念じた瞬間、魔力が光となって駆け抜ける。町の上空に淡い光の膜が広がり、それはみるみるうちに結界の形を成した。光の線が重なり、網のように編まれ、やがて町全体を包み込む。
「こ、これは……魔力の結界!?」
「こんな短時間で……町一つを覆うなんて!」
「神の加護に等しいぞ……!」
見守っていた人々が次々に声を上げる。上空に広がる結界がまばゆく輝き、やがて透明な光の壁となって固定された。
その瞬間、黒い靄から魔物たちが再び湧き出し、結界に向かって突進していく。だが、結界は揺るがない。衝突のたびに閃光が弾け、魔物たちは見えない壁に弾き返された。
「おぉっ! 魔物が中に入れない!」
「ということは……町が守られたのか!?」
「や、やったぞ!!」
歓声が次々と上がる。安堵と喜びが人々の間を駆け抜けていった。これで被害は出ない。守りきれた。
そう思った矢先。
「ま、待ってくださいまし!」
レイナが焦ったように声を張り上げた。その顔には、明らかに動揺の色が浮かんでいる。
「こ、こんな結界で町を守った気にならないでいただきたいですわ! 魔物はまだ残っているでしょう! それをどうにかしない限り、町を守ったとは言えません! ねっ、バルドル様もそう思われますわよね!?」
勢い込んでバルドルに同意を求める。しばしの沈黙のあと、バルドルが重々しく口を開いた。
「……咄嗟にこれほどの結界を張ったこと、まずは感謝しよう。だが、確かに問題は残る。あの魔物たちをどうにかせねば、町は真に安全とは言えまい」
「ほら、バルドル様もおっしゃってますわ! 結界ごときで得意になられては困ります! 次の策はあるんですの? もう、あなたに出来ることなんてありませんでしょう!」
先ほどまで「結界こそが町を守る唯一の手段」と言っていたその口で、今は真逆の言葉を吐く。焦りと嫉妬が混ざった声に、私は静かに視線を返した。
「では、魔物も退治します」
強い口調で言うと、バルドルもレイナも驚いた顔をした。
「見ててください。これが、私の戦い方です」
空気中の魔力と完全に同調した瞬間、世界がひらけた。
見えていないはずのものまで、すべてが手に取るように分かる。通りを行き交う人の息づかい。飛び立つ鳥の羽ばたき。地の下を這う虫の微かな蠢き。その全てが、私の意識に染み込んでくる。
そして、上空にいる魔物たちの気配に焦点を合わせた。形、動き、体内を巡る魔力の流れさえも、視ずして理解できる。どれもCランク程度の雑魚。恐れるに足らない。
「これなら……いける」
私は息を整え、魔物の数だけ魔力を分けた。一つ一つを、鋼鉄をも穿つ魔弾へと変異させる。光が集束し、空気が震える。視界の端が歪むほどの圧力が生まれた。
「じゃあ、さようなら」
次の瞬間、閃光が夜空を裂いた。魔弾が放たれると同時に、耳をつんざく衝撃音が幾重にも重なる。
ドンッ、ドドドッ――!
上空で連鎖的に光が弾け、雷鳴のような轟きが町全体を震わせた。
けれど、それも一瞬の出来事だった。音が止んだ時には、空中を舞っていた魔物たちが次々と、無力な影となって落ちていく。
「な、なんだ……!? 魔物が……みんな落ちてくるぞ!」
「まるで、全滅したみたいじゃないか!」
「あの数を一瞬で……ありえねぇ!」
人々の叫びが響く。だが、私が見せたのはまだ序章にすぎない。
「最後の仕上げは――これです!」
私は黒い靄の中心へと意識を集中させた。魔力を極限まで高め、圧縮し、圧縮し……そして、一気に――解き放つ。
ドオォォォォンッ!!
閃光と衝撃が同時に爆ぜ、黒い靄が音を立てて吹き飛んだ。炎が渦を巻き、衝撃波が雲を裂く。わずか数秒で、闇は跡形もなく消え去る。
その瞬間、歓声が響き渡った。




