140.簡単には終わらない
「やったぁ!」
「……当然」
「ランカたちの勝ちだ!」
バルドルの宣言に、私たちは思わず抱き合って歓声を上げた。背後ではオルディア教の仲間たちも喜びの声を上げている。
これで、あの教会は守られた。人々の祈りの場を、私たちはちゃんと取り戻したんだ。
「こ、こんなの認めませんわ!」
歓声の中に、甲高い声が割り込んだ。振り向くと、顔を真っ赤にしたカリューネ教のレイナが、こちらへ詰め寄ってくる。
「獣化がいるなんて、卑怯です! そんなの、反則ですわ!」
「別に獣化を禁じた覚えはない。戦いとは、持てる力を尽くすものだ」
バルドルの低い声が響く。だが、レイナは納得しない様子で、唇を噛みしめながらさらに言い募った。
「だったら、次は! 次こそは純粋な人間の力だけで勝負ですわ! そうでなければ不公平です!」
「ランカの獣化は卑怯じゃない!」
「……負け惜しみが過ぎるな」
隣でランカが抗議の声を上げ、クロネが呆れたように肩をすくめる。その様子に私も黙ってなんていられない。
「不公平? おかしいのはそっちじゃないの?」
私は一歩前に出て、静かに言葉を返した。
「そもそも、ルールを決めたのはあなたたち。私たちはその条件で戦っただけです。それで負けたからといって、今さら文句を言うのは違うでしょう?」
レイナの顔がさらに紅潮する。周囲の空気が少しピリッとした。勝利の余韻が、彼女の怒声で一瞬かき消される。
「黙りなさいっ! カリューネ教は国教として認められたもの。本来なら人々の信仰を導くのは私たちなんですよ!」
往生際の悪いことに、まだ諦めていないみたいだ。私達に厳しい視線を向けていたが、バルドルに視線を向けると妖艶な笑みを浮かべた。
「ねぇ、バルドル様もそう思いますよね? 本当ならバルドル様もカリューネ教に変えたいんじゃありませんか? だったら、この決闘は無効でいいですわよね?」
バルドルの体をそっと触り、頭を傾ける。本当ならここでバルドルはデレるはずなのだが――。
「いや、決闘は決闘だ。その結果は守られるべきものだ」
「なっ!? で、でも! カリューネ教に変えないと、国から色々と言われますわよ!」
「地方の統治はその公爵家に委ねられている。そんなものはどうとでもなるわ」
「くっ……どうなっても知りませんわよ!」
良かった、バルドル様は結果を重んじてくれている。これならば、オルディア教が出て行く必要はない。
レイナは顔を歪めると、バルドルから離れていった。そして、カリューネ教の一団と合流する。
「お前たち、よく頑張ったな。しかし、ちびっ子たちがこんなに強いだなんて思いもしなかったぞ」
「心配ご無用でしたね」
「ランカたちは強い! 友達だから!」
「沢山修行したから、勝てたんです」
バルドルはこちらに近寄って、私達の頭を順々に撫でていった。認めてもらったこの瞬間が何よりも嬉しい。
すると、離れたところで控えていたオルディア教の一団もやってきて、私達はもみくちゃにされた。みんなから感謝をされて、とてもいい気分だ。
その中でもランカは少し戸惑った様子だ。あんなに喜んでいたのに、いざ感謝をされるとどうしていいか分からない、と言った様子だ。
「ランカ、こういう時は素直に喜んでいいんだよ」
「そ、そうなの? なんか、くすぐったくて……」
「ランカがいなかったら、勝てなかった。ランカは胸を張っていい」
「わー! そう言わないで! そう言われると、もっとくすぐったくなるよー!」
クロネが素直にランカを褒めると、ランカは恥ずかしそうに耳を押さえて体を縮こませた。その可愛らしい様子に私達は笑い合った。
これで、終わりだと思っていた。
その時、上空から異様な気配を感じ、私達は空を見上げた。すると、空には黒い靄のものが広がっている。
「あれは……なんだ?」
「雲? それにしては、黒いが……」
「何か、嫌な感じがします……」
見守っていると、その黒い靄の中から――魔物が現れた。
「魔物!? どうして!?」
「次々と現れているぞ!」
「どういうことだ!?」
黒い靄からは次々と魔物が生まれ、町の上空を覆いつくさんとする様子だ。
どうして、今になってこんなことが……。もしかして、カリューネ教がまた何かをした? 魔物と繋がっているカリューネ教の事だ、決闘で負けたからと何かを仕掛けてきたに違いない。
カリューネ教の一団を見て見ると、こちらに近寄ってきた。すると、戦闘のレイナが口を開く。
「大変です、魔物が現れました。この状況をオルディア教はどうにか出来ますか?」
「……そ、それは」
「こんな事態になっても何も出来ないようなら、この町にオルディア教は必要ありません。バルドル様、考え直して下さい。町を守る事が出来るのは、我々のカリューネ教だと言う事を」
「うぅむ……」
なおもカリューネ教が必要だと主張するレイナ。司祭はどうしようか困惑し、バルドルは困ったように腕組をした。
……この様子、絶対にカリューネ教が仕組んだことに決まっている。リーネラ子爵領で起こった、万の大軍の魔物もカリューネ教が用意たもの。だから、今回の魔物もカリューネ教が仕組んだことだ。
思い通りにはさせない。
「私に任せてください!」
声を張り上げて、主張した。この状況を覆す手はある。誰も傷つけないで終わる手段が。




