139.決闘
カリューネ教の決闘者がニヤつきながら、こちらを見る。
「一瞬で終わらせてやる」
「泣き言も言わせない」
「全力を出す必要もないでしょう」
相変わらず、私達を見くびっているようだ。私達がこんな人達に負けるはずがない。睨み合っていると、バルドルが手を振り上げた。
「始めっ!」
バルドルの声が響くと、すぐにランカは獣化をする。
「あぁぁっ!」
声を上げて力を解放すると、ランカの体が変化する。筋肉が膨張し、骨格が軋む音が響く。ランカの身体がみるみるうちに大きくなり、衣服の隙間から銀色の毛があふれ出した。
獣化によって変化した、二足で立つ巨大な狼。
「グルルル……!」
喉の奥で唸り声をあげると、地面が震えるほどの威圧感が広がった。カリューネ教の決闘者たちは驚きのあまり、目を見開いた。
「何っ!? 獣化だと!?」
「聞いてないぞ!」
「くっ……。だから、こいつらは決闘者として名乗り出たんですか!」
ランカの獣化した姿に決闘者からは戸惑いの様子が窺えた。獣化は特別な力だっていうのが良く分かった。
「くそっ! 力の出し惜しみは出来ねぇぞ!」
「始めから全力だ!」
「やりますか……!」
決闘者たちは目の色を変えて、武器を構えた。それだけ獣化は脅威なのだろう。警戒を強めたのはやりづらくなったけど、遠慮なく力を披露出来る。
すると、クロネが双剣を抜いて、ランカの隣に立った。この二人が前に出るだけで、心強い。
「ランカ、クロネ、行ける?」
「うん、大丈夫。三人で連係して戦えるよ」
「いつでも」
声を掛けると、頼もしい言葉が返ってきた。これなら、戦える。
「ランカは大剣使いを、クロネは槍使いを!」
「分かった!」
「任せろ!」
短い指示と同時に、二人の足元が爆ぜた。砂煙を巻き上げ、地面を砕くほどの踏み込み。まるで弾丸のように、ランカとクロネが飛び出す。
ランカの巨体が唸りを上げて大剣使いに迫り、その鋭い爪が金属を裂く音を響かせた。クロネの双剣は疾風のように奔り、相手の懐へ滑り込む。
「ぐぅっ!」
「ぬぅっ!」
カリューネ教の決闘者たちは辛うじて防御に成功した。だが衝撃が尋常ではない。二人の一撃を受けた瞬間、武器が軋み、足元の地面が砕け、二人の身体は大きく後方に弾き飛ばされる。
それでもランカとクロネは止まらなかった。すでに次の一撃を繰り出している。鋭い爪が唸り、双剣が閃く――。
「二人とも、防いでいてください!」
敵の魔導師が声を上げて、杖を高く掲げた。魔力が空気を震わせ、詠唱の声が響き渡る。
「そうはさせないっ!」
私の視界に杖の先が光るのが見えた瞬間、反射的に魔力を集中させる。高速で魔力を練り上げ、一気に解き放った。
放たれた魔力は、矢のように空気を裂いて飛ぶ。次の瞬間――。
ドォンッ!!
閃光と爆風。杖の先で炸裂した魔力が、爆音を伴って火花を散らした。熱風が吹き抜け、戦場にの砂塵が舞い上がる。
「なっ……なぁっ!?」
魔導師の顔が驚愕に染まった。目の前で爆発が起きたのだ、当然だろう。
「私の詠唱より……速い、だと!?」
「こっちは詠唱なんて必要ないからね」
淡々と告げると、彼の顔が凍りついた。信じられない、とでも言いたげに口を開け、すぐに歯を噛み締めて睨み返してくる。
「……そんな事があるわけがありません! 杖がなくても、魔法は使えるのです!」
魔導師は怒号を上げ、両手を組み替えて再び詠唱を始めた。だが、それは――致命的な隙。
私は息を吸い、魔力を再び集中させる。今度は狙いを、はっきりと定めた。
「これで終わり」
指先から放たれた魔力弾が閃光を引いて走り、一直線に魔導師の額を目掛けて突き進む。
空気が裂ける音。そして、命中の瞬間――。
パンッ!
魔力弾が強い衝撃を放ち、破裂した。その瞬間、魔導師の体から力が抜け、膝から崩れ落ちるように地面に倒れ伏した。
「そんな、魔導師が!」
「一瞬でやられたぞ!」
「な、何が起こったんだ!?」
カリューネ教側から悲鳴に近い声が上がる。まさか、魔導師がこんなにすぐに倒されるとは思ってもいなかったらしい。動揺が広がっていき、騒ぎが大きくなる。
だけど、それに構っている暇はない。あとの二人の事を気にしないと。そう思って、戦っている二人に視線を向けた。
「グルアァッ!!」
「ぐっ! うっ! ぬわぁっ!!」
獣化したランカが咆哮と共に踏み込んだ。地面が爆ぜ、石畳が砕け散る。振り下ろされる爪撃は、大剣の軌道を容易く押し返すほどの力と速さ。鋼と鋼がぶつかる甲高い音が連続し、火花が雨のように散った。
ランカの一撃ごとに空気が震える。大剣使いは防ぐのに精一杯で、もう足元がおぼつかない。踏み込みの度に砂が舞い、体勢を立て直そうとするたびに重圧が襲い掛かる。
「はぁっ……! くっ……!」
「グルルルルル……」
ランカは焦らない。荒々しい獣の呼吸の奥で、確かな戦士の冷静さが光っていた。一撃、一撃を確実に通し、相手の隙が生まれる瞬間を――待つ。
「ガァァァッ!!」
地を割る咆哮と共に、下から爪が弧を描いた。轟音と共に、大剣が宙を舞う。金属が跳ねる甲高い音――大剣使いの手が痺れ、体勢が崩れた。
その瞬間、ランカの瞳が鋭く輝く。
「ガロウ・クラァッシュッ!!」
雄叫びと共に、獣の右腕がしなる。圧縮された力が爪の軌跡に沿って閃光を走らせ、風圧が地を削った。
次の瞬間――衝撃波が炸裂。
「ぐぅあっ!!」
大剣使いの身体が宙を舞う。空気を裂いて吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、地面をバウンドしながら転がっていく。土煙が立ち上り、砂塵の中に影が沈んだ。
――そして、動かない。
「ランカの勝ちっ!!」
その姿を見て、ランカはすぐに勝利の声を上げた。その瞬間、オルディア教側から歓声が上がり、カリューネ教側から悲鳴が聞こえた。
よし、ランカは大丈夫。じゃあ、クロネの方は? そう思って見て見ると、クロネは槍の攻撃を受けているところだった。
「くっ! はぁっ! ふんっ!」
「…………」
槍が唸りを上げ、空気を裂く。鋭く、正確で、迷いのない一撃。だが、クロネはそのすべてを紙一重でかわしていた。
黒髪が風を切り、足音ひとつ立てずに舞う。まるで相手の動きを先読みしているかのように。
「なっ……なぜ当たらない!」
焦りが槍使いの声に滲む。必死に槍捌きを加速させ、連撃の速度を極限まで高める。だが、速さで押せば押すほど、クロネの動きがそれ以上に冴え渡る。
槍の穂先がかすめる瞬間、クロネの姿がすでに別の位置にある。まるで幻影のように、残像だけを残して滑るように動く。
「くそっ、どこを見てるんだ……!」
苛立ちが焦燥を呼び、槍捌きが乱れた。その一瞬――本当に一瞬。
クロネの目が光を宿す。体が沈み込み、次の瞬間には槍の軌道の内側に滑り込んでいた。
「なッ!?」
槍使いの驚愕が遅い。クロネの双剣が閃光のように走る。
――キィン、キィン、キィンッ!
金属の擦れる音が連続し、細やかな斬撃が空間を支配した。動きは滑らかで、舞のように美しい。その双剣の軌跡が、槍使いの鎧に細かな切り傷を刻んでいく。
「ぐっ……うぅっ! く、くそぉっ!」
痛みに耐えかねた槍使いが、渾身の力で大きく槍を振り払う。しかし、そこにはもうクロネの姿はない。
音もなく、風のように背後へ。槍使いが振り向くよりも早く、クロネは静かに口を開いた。
「《月影舞》」
その言葉と同時に、空間が切り裂かれた。無数の斬撃が光の線となって走り、四方八方から槍使いを襲う。目では追えない速さ。風が悲鳴を上げるほどの連撃。
刹那の後、鋭い音と共に血飛沫が弧を描いた。
「ぐあぁぁっ!!」
槍使いの身体がよろめき、膝をつく。息を荒げながらも立ち上がろうとするが、足が震え、力が入らない。
終わった。
クロネは静かに双剣を下ろし、片手を上げて握りしめた。その所作は静謐で、どこか神聖ですらあった。
勝利の合図。
観衆が息を呑み、次の瞬間、轟くような歓声が決闘場を包み込む。冷たい月光のような瞳を持つ少女クロネは、誰よりも静かにその歓声を背に受けていた。
――そして。
「それまで! 勝者、オルディア教!」
バルドルの声が高々に響いた。




