138.決闘日
オルディア様の像の前に膝をつき、両手を胸の前で組む。静寂の中、前に立つ司祭がゆっくりと両手を広げ、深く息を吸い込む。聖堂の空気が、張り詰めるような静けさに包まれた。
「――偉大なる光の神、オルディア様」
司祭の声が厳かに響く。
「ここに跪く三人は、あなたの加護を信じ、あなたの御名のもとに戦いへと赴く者たちです。どうかその勇気を讃え、正しき道を照らしたまえ」
両手を高く掲げると、柔らかな光が司祭の掌に宿った。それはまるで、天から舞い降りる祝福そのもののようだった。
「光は恐れを祓い、闇を退ける。この者たちの心に、真実と慈愛の力を与えたまえ――」
司祭が静かに祈りの言葉を重ねると、その光はふわりと揺らめき、私たち三人の上に降り注いだ。頭から肩へ、胸の奥へと染み渡るような温もり。心の奥で、何かが静かに灯る。
「オルディア様の名において、汝らに祝福を授ける」
司祭の声が低く響き、光がひときわ強く瞬いた。
「恐れるな。正しき信念をもって進む者に、オルディア様の加護は常にあらん」
その言葉とともに、光がゆっくりと消えていく。残ったのは、温かな余韻と、胸の奥に確かに宿った勇気の火。
私はそっと目を開け、隣の二人と視線を交わす。二人とも覚悟をした顔つきをして、強く頷いた。この祝福があれば、私たちは決闘に勝てる。
「さぁ、皆で三人に勇気を与えるのです!」
司祭の力強い声が聖堂中に響き渡った。その瞬間――
「オルディアの加護を!」
「勝利を掴め!」
「あなたたちに全てを託します!」
信徒たちの間から一斉に歓声が上がる。手を掲げる音が重なり合い、聖堂の空気が一気に熱を帯びた。
「我らの勇士たちに栄光あれ!」
「オルディア様が見守っておられる!」
「必ず勝てる! お前たちは我らの誇りだ!」
老若男女問わず、誰もが立ち上がり、両手を高く掲げて声を張り上げる。信徒の中には涙ぐむ者もいて、祈りと歓声が混ざり合い、聖堂全体がひとつの熱狂に包まれていった。
「勇気を!」「光を!」という声が何度も何度も繰り返され、足元が震えるほどの熱気。私たち三人は、その中央で静かに立っていた。心臓が高鳴る。けれど、不思議と恐怖はない。
この声、この想いがある限り、きっと負けない。隣の二人が小さく頷き、私もそれに頷き返す。司祭が最後に両手を掲げ、荘厳な声で叫んだ。
「オルディアの勇士たちよ! 光の導くままに、勝利を掴むのです!」
歓声が一段と大きくなり、私たちはその熱気を背に、ゆっくりと聖堂を後にした。背中に感じるのは、無数の祈りと期待――まるで、神と人々のすべてが、私たちを押し出してくれているようだった。
◇
決闘の場は町の一角にあるコロッセオ。その戦の場に私たちは集まった。
「ふむ、みな集まったようじゃな」
この場を取り仕切るのはバルドル。私たちオルディア教の一団とレイナ率いるカリューネ教の一団が向かい合う。
「これより、オルディア教とカリューネ教の間における決闘を執り行う!」
バルドルの声は重く、そしてよく通った。誰もが息を呑み、視線を彼に集める。
「この場においては、双方の代表者三名が戦いに臨む。勝敗は降伏、戦闘不能、または審判による判定で決するものとする」
バルドルは両者を見回し、真っ直ぐな目で言葉を続けた。
「勝者の信仰は、神々の加護によって証明される。敗者は潔くその結果を受け入れよ。この場での争いは、いかなる理由があろうとも神聖なる決闘として扱う。ゆえに、私情の持ち込みを禁ず」
厳しいバルドルの言葉を受け、身が引き締まる思いだ。
「両者、何か言う事はないか?」
その言葉にレイナが一歩前に出た。
「今からでも遅くないですわ。あなたたち子供が戦って勝てる相手じゃありませんわよ」
人を見下すような視線を向けてきた。だけど、それに怖気づくような心ではない。
「誰が何と言おうとも、私たちが絶対に勝ちます」
「ふふっ、そう言っていられるのも今の内よ。私たちの決闘者に勝てるかしら?」
レイナの言葉に後ろで控えていた、決闘者が前に出る。筋肉隆々の大柄な男性が二人、細身で魔導師の姿をした男性が一人。
その人達が私たちを見て、鼻で笑った。
「オルディア教はそんな子供しか出せないとはな。笑っちまうぜ」
「泣いて降参するのが目に見えている」
「負けるなら今の内ですよ」
三人ともニヤニヤと笑って、私たちを見下していく。まぁ、見た目だけで判断するとそうなるのは分かる。だけど、私たちは見た目以上には強い。
「そっちこそ、見くびっていると痛い目みるよ」
「あたしらが勝つ」
「絶対に負けない!」
その気迫に負けないように私たちも睨み返す。すると、その三人は明らかに不機嫌そうな顔をした。子供にこんなことを言われたのだから仕方がない。
お互いに睨み合うと、それぞれの一団に戻っていった。すると、司祭が心配そうな顔をして話しかけてくる。
「三人とも、よろしくお願いします。オルディア様も力を貸してくれることでしょう」
「はい。きっと、オルディア様が力を貸してくれると思います」
「あたしは別に……」
「ランカ、いつも以上に強くなる? だったら、楽勝!」
「本当に頼もしいですね。では、私たちは端で見守っています。オルディア様のご加護がありますように……」
そう言って司祭たちは私たちに祈りを捧げてくれた。そのお陰で体中から力が漲ってくる。
それぞれの一団がコロッセオの端に移動して。中央には決闘者の私たちとバルドル様が残った。そのバルドル様が私たちに声をかけてくる。
「お前たち、本当に大丈夫か?」
「大丈夫です! 見ててください、私たちが勝ちますから!」
「問題ない」
「ランカたちが勝つよ!」
「……どうやら、引かないようだな。だったら、わしはその覚悟を見届ける。精一杯にやりなさい」
バルドル様の激励を受けて、私たちはやる気を漲らせた。
「では、これより決闘を執り行う! 両者、定位置へ!」
とうとう、決闘が始まる。




