134.教会
「ここが、教会みたいね」
私たちの前に立っているのは、これまで見たどんな建物よりも大きな教会だった。
白い石で造られた外壁は陽光を反射して輝き、まるで天へと伸びていくように高くそびえている。尖塔の先には金色の十字架が掲げられ、風を受けてキラリと光った。
正面の大扉は二人がかりでも抱えきれないほど大きく、扉の表面には精巧な彫刻が施されている。天使や聖獣、人々を導く聖女の姿が浮かび上がり、そこに宿る祈りの重さを感じさせた。
その前には長い石畳の参道が伸び、両脇には季節の花々が咲き誇っている。色とりどりの花弁の間を、小鳥たちが軽やかに飛び交っていた。
けれど、一番目を引くのは人の多さだった。
信仰を捧げに来た人々、祝福を受けに来た家族、奉仕活動に勤しむ神官見習いの人たち。年齢も服装も様々で、まるで市場のように賑わっている。子どもたちは笑いながら走り回り、大人たちは祈りの言葉を交わし合っていた。
「わぁ、すごい人だね」
「町の中心みたいな場所だな」
その賑やかな様子を見て、ランカとクロネが目を輝かさせた。
私も同じ気持ちだった。これまで訪れたどの町の教会よりも壮麗で、まるで別世界に来たみたい。
私たちがその中に足を踏み込むと、出入口で立っていた神官の見習いらしき青年が優しく声を掛けてくれた。
「ようこそ、教会へ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「えっと……偉い人と、お話がしたいんです」
「でしたら、今の時間は司祭さまが聖堂にいらっしゃいますよ。自由にお声をお掛けください」
「……私みたいな子でも、話しかけてもいいんですか?」
思わず不安げに尋ねると、青年は穏やかに微笑んだ。
「もちろんです。どんな方の話でも、司祭さまは耳を傾けてくださいます」
その笑顔があまりにも優しくて、胸の奥がふっと温かくなった。私たちはお礼を言って、静かに中へと進む。
「なんだか、いい人だったね。カリューネ教とは大違い」
「全くだな」
ランカが頷き、クロネも同意するように唸った。
「やっぱり、この場所は守らないと……」
「うん。そのためにも、決闘に出してもらわないとね」
そんな話を交わしながら、私たちは教会の奥へと足を進めた。
中は荘厳でありながらも、どこか柔らかい空気に包まれていた。
高い天井には色鮮やかなステンドグラスが並び、差し込む光が床に虹色の模様を描き出している。静かな聖歌が奥から流れ、まるで時間がゆっくりと溶けていくようだった。
左右の列には祈りを捧げる人々の姿があり、老若男女、様々な人たちが穏やかな表情で膝をついている。神官たちはその間を静かに歩きながら、人々に祝福の言葉をかけていた。
けれど、その中でひときわ賑わっている場所があった。
聖堂の中央より少し奥、講壇の近くに人だかりができている。誰かが演説をしているようで、信徒たちは真剣な面持ちで耳を傾けていた。
「なんだろう……あそこ、すごく集まってる」
「あれは……説教か?」
ランカが首を傾げ、クロネが目を細める。そこには壮年の女性が立っていて、信徒たちに話を聞かせているところだった。
「あの人が司祭様なんじゃない? 着ている服が違うし」
「だったら、あの人に話しかければいいんだね!」
「よし、行こう」
目的の人がすぐに見つかった。私たちはその場所に近づいて行く。すると、丁度話が終わったのか、拍手をする音が聞こえた。信徒たちがバラバラと散らばる中、私たちはその壮年の女性に声をかけた。
「すいません、ちょっといいですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「司祭様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうです。あら、もしかして……ちょうど、話が終わってしまって、今日の話は終了なんですよ」
「いえ、お話じゃなくて、聞いて欲しい事があるんです」
「聞いて欲しい事ですか。それなら、構いません。どんな話ですか?」
司祭はにこりと笑うと耳を傾けてくれた。なので、私は直球に話すことにした。
「決闘のことで――」
「ど、どこでその話をっ」
その言葉を口にすると、司祭は顔色を変えた。そして、しきりに周囲を見渡した後、周りに聞いた人がいなくて安堵した様子だった。
「……その話はどこで聞きましたか?」
「バルドル様の所で聞きました」
「……そうですか。ここではなんですから、奥の部屋でお話していただけませんか?」
私はコクリと頷くと、司祭は笑みを深めて、私たちは教会の奥へと案内してくれた。




