133.暇なオルディア様
「今日はウチに泊まっていくじゃろう?」
クロネとランカのやり取りを微笑ましく見ていたバルドルが、ふとそんな提案をしてきた。
クロネのことを思えば、確かに泊まっていくのが一番安心だろう。けれど、私たちにはやるべきことが出来てしまった。のんびりと甘えるわけにはいかない。
「お気遣いありがとうございます。でも、私たちはオルディア教に力を貸すため、教会に向かいます」
「ほう……お前たち、オルディア教の信徒だったのか? だが、力を貸すとはどういう意味じゃ?」
「私たちが、決闘に出るんです」
「なに? お前たちが、か……!」
途端に、バルドルの表情が険しくなった。
「決闘は遊びではないぞ。複数で戦い合う形式で、武器も魔法も飛び交う修羅場じゃ。クロネは別としても、幼子のお前たちには――」
止めたくて仕方がない、そんな必死な気配が滲み出ている。だが、私たちはただの子供じゃない。
「大丈夫です。これまで、どんな敵も打ち倒してきましたから」
胸を張って言い切ると、バルガルは目を細めてため息をついた。
「……随分な自信じゃな。だが、もう後には引けんのじゃろう。オルディア教のために戦うと決めたなら、好きに選ぶがいい」
「はい、そのつもりです」
「そうか……。本当は、もう少し一緒にいたかったんじゃがな。今日はここまでとしよう」
そう言って、バルガルはすっと席を立ち、颯爽とガゼボを後にする。
「ふふ……あなたたちに何が出来るのか、楽しみにしておりますわ」
レイナは妖艶な笑みを浮かべ、バルガルの後を追っていった。静けさが戻った庭園で、私たちも腰を上げ、公爵邸を後にした。
◇
「そういうことか……。なら、その決闘に出よう」
「ランカも! カリューネ教なんかに負けさせない!」
二人に事情を説明すると、迷うことなく賛同してくれた。
カリューネ教の勢力拡大を止めるには、オルディア教が決闘に勝ち、これまで通り信仰を集め続けてもらわなければならない。
「じゃあ、このまま教会に行って協力を申し出よう」
「そうだな」
「うんっ!」
話がまとまり、私たちは足並みを揃えて歩き出す。――その時。
『フレー、フレー! ユーナ! 私のために争ってー!』
っ!? この声は、オルディア様!? 急に話しかけないでください!
『だって、ユナが私のために決闘をしてくれるっていうじゃないですか! これは私が正ヒロインという立ち位置じゃないですか! 私が正ヒロイン……ぐふふ』
何を考えているか分かりませんけど、オルディア様のためじゃありませんからね。あくまで、カリューネ教の勢力が強まるのを押さえるためですよ。
『いえ、伝わってきます。ユナの心から、私を思う気持ちが……』
神様のように振る舞っても無駄ですよ。願望を垂れ流した後じゃ、無駄です。
『うっ、つい口が……。そ、そんなことよりも! この決闘に勝てば、この地の信仰は私のもの! 勢力は維持されます!』
なんか、台詞が悪役のそれに似ているんですが……。
『ふっふっふっ、いいのです。カリューネ教にこれ以上、信仰を奪われるわけにもいきません。そうしないと、私の影響力が落ちてしまいますからね。そうすると、私の神としての格が……』
自分の格の事よりも、信者の事を心配してください。だって、カリューネ教を信仰したら魔物の脅威から守ってくれないようなので。だから、オルディア様がしっかりと仕事をしてくださいね。
『うっ! や、やってますよ!』
だったら、なんで私の事を見ていたんですか?
『うぅっ! そ、それはたまたま、そのぉ、時間が出来て……。チラッとみたら、興味深い話をしていたんです! 本当ですよ!』
……ふーん。それにしても、オルディア神官たちは大変そうでしたね。早く行って、力になる事を伝えないといけません。
『そ、そうですよ! あんな扱いをされていたなんて……。もし、私がいれば神の威光でちょちょいっと加勢できましたのに!』
へー、そんな前から見ていたんですね。
『あっ! いや、それはその……。仕事から逃げて、ごめんなさーい!』
もう、しっかりしてくださいね。私は行きますから、ちゃんと仕事をしてください。
『はい……分かりました。でも! 応援はさせてくださいね! もっと、力を増幅させることも出来ますよ!』
力の増幅? そんな事が可能なんですか?
『はい、とりあえず一万人の信仰を集めてくだされば、大丈夫です!』
……オルディア様の力じゃないんですか?
『はい! 信仰の力がないと、力を分け与えられません!』
……ポンコツ。
『わーん! そう言わないでください! 神様は信仰がないと、力が蓄えられないんですー! それに今は信仰が減っているので、下界の影響力が減っているせいで、色々と信仰が足りないんですー!』
もう、力はいいですから。私の力でどうにかしてみせます。
『うぅ、神としての威厳がぁ……』
そう言って、オルディア様の存在はスッと消えた。今の話を聞いて分かるのは、オルディア様の力が減っているってこと。
つまり、信仰が減り、仕事が減り、暇な時間が増えたという事だ。これ以上、信仰が落ちると色んな悪いことが起こるかもしれない。
それを防ぐためにも、ここの領地の教会を守らなくてはいけない。オルディア様には期待出来ないので、私たちでなんとかするしかない。




