132.現状
バルドルは微笑ましげに、クロネとランカのやりとりを見守っていた。隣に座るレイナは必死に気を引こうと仕掛けているが、バルドルの視線は終始こちらに向けられたままだ。
今なら、聞き出せる。まず知りたいのは……。
「バルドル様はカリューネ教の神官と親しげに見えますが、それはなぜですか?」
「い、いや……別に仲がいいわけではない。ただ、仕事柄どうしても顔を合わせねばならんのだ」
「仕事柄……なるほど。カリューネ教が国教になった影響でしょうか?」
「そういうことだな。現公爵である息子から、領地の教会をすべてカリューネ教に変えるべきかどうか、その判断を委ねられているのだ」
ということは、まだロズベルク公爵領はオルディア教が主流のまま。でも、いずれはカリューネ教へ切り替えるかどうかを決断しなければならないのか。
少し安堵する。すでに支配されているわけではない。けれど、あのオルディア教の神官たちの立場が気にかかる。
「つまり、変更の可能性を検討しているのですね?」
「国教になった以上、その考えはある。だが、急に切り替えろというのも難しい。領民たちは長年オルディア神を慕ってきたからな」
「ですから、それは――」
口を挟もうとしたのはレイナだった。しかし、バルドルの意識は相変わらずクロネとランカの方に向いていて、彼女の仕草は空を切るばかり。
その隙を逃さず、問いを続けた。
「領民の心を大切にしておられるのですね」
「信仰は心の支えだからな。そう簡単に変えてよいものではない。だが、上からは早く切り替えろという圧力もある」
「まだ踏ん切りがつかない……そういうことですか?」
「まぁな。だが、いつまでも先延ばしにすることもできん。だからこそ、この件に決着をつけるための場を設けたのだ」
「……場、ですか?」
国の命令と領民の信仰、その板挟み。バルドルも苦慮しているのが伝わってくる。だが、その「場」とは一体――?
「それは……決闘だ」
「決闘?」
思わず息をのむ。あの時、オルディア教の神官と門兵が口論していた際に耳にした言葉だ。
「互いの信仰を背負って決闘し、その勝者をもって領地の信仰を定める。それが我が考えだ」
信仰を、決闘で決める? なんて乱暴な……。一瞬そう思ったが、バルドルはさらに言葉を重ねた。
「我らは信仰の力をもって魔物の脅威から民を守っている。その守りの力が弱ければ、いざという時に領民を救えん。だからこそ、強き教会が相応しいのだ」
その真意を知り、胸の内が熱くなる。決闘などと聞いたときには短絡的に思えた。だが、ただの力比べではなく、領民を守る力を見極めるための選択。
バルドルなりの覚悟があるのだ。国教になったから変えるのではなく、どちらが領民を守ってくれる存在なのか確かめる。堅実的な考えだと思った。
すると、今まで黙っていたレイナがこちらを振り向いた。
「本当は今すぐにでも変えていただきたいのですけれど……バルドル様がそう仰るなら、従うしかありませんわ。まぁ、その方が私にとっては都合がよろしいのですけれどね」
挑発めいた声音。まるで、すでに勝利を手にしたかのように余裕を見せている。
「カリューネ教の力を示す、絶好の舞台。そんな機会を与えてくださって、本当に感謝していますわ」
「まだ勝敗は決まっていないよ」
「いえ、もう決まったも同然です。我らがカリューネ神は強大なお方。負けるはずがありませんわ」
確信に満ちた言葉。その口ぶりは、まるで神を直に知っているかのよう。
でも、負けない。私はオルディア様のことを誰よりも知っている。
……あの神様、本当に大丈夫なのかな? 考えれば考えるほど不安になる。すぐサボるし、怠けるし……いや、でも魔物から守ってくれてるし。ちゃんと仕事、してる……よね?
「ふふっ。あなた、本当に信仰心があるのかしら? 見たところ、ずいぶん弱そうですけれど」
「そ、そんなことは……!」
「ほら、声が小さい。自分の神を信じきれていない証拠ですわ。今からでも遅くありませんのよ? カリューネ教に改宗なさったら?」
「……そのつもりはありません」
危なかった。弱みに付け込まれるところだった。これも全部、オルディア様のせい。あとで絶対説教してやる。
「私たちはオルディア教を支持しています。だから、改宗には反対です」
「ふふっ、ですが決闘で勝てば、否応なく改宗していただきますわ。今さら反対しても無駄です。それにあなたたちに何が出来るというの?」
「……出来ます。私たちが、オルディア教に力を貸します」
「あなたたちが? ぷっ……あははっ!」
レイナはおかしそうに笑い声をあげた。子供の戯言にしか聞こえないという態度だ。
「まさか、本気で決闘に出るつもり? やめなさい、命の保証はありませんわよ?」
「心配いらない。私たちは――強いから」
「……本当かしら? それなら、ここで試してみます?」
レイナの目が鋭く光り、爪を突き立てるように見せつける。だが、こんな安い挑発に乗る気はない。
「戦うのは、決められた場で。そこで白黒つけよう」
「……強気ですわね。いいでしょう、好きになさい。もっとも、結果は変わりませんけれど」
胸の奥で、決意が固まる。カリューネ教の侵略を止めるために、この決闘に参加する。そして勝つ。それしかない。




