131.バルドル篭絡
あの後、交流を深めるためにお茶会を開こうという話になった。その準備が整うまで、私たちは個室で休憩を取っている――はずだった。けれど、落ち着いてなどいられない。
「まさか、バルドル様の側にカリューネ教の神官がいるなんてね」
「あいつ……危険な匂いがする」
「あぁ、確かに。あの匂いは忘れられない」
「匂いって、どんな匂いだったの?」
クロネとランカは妙に息が合って、真剣に頷き合う。だが、匂いと言われても私にはさっぱりだ。
「あのレイナって人、人を誑かすような匂いがしたんだ」
「すごく濃い匂いだったよ。きっと狙いはバルドル様だと思う」
「……やっぱり。あの二人の様子、どうにも普通じゃなかったもの」
彼女たちは匂いで察していたらしいが、私は仕草や雰囲気から危うさを感じ取っていた。これは、何かある。
「今はまだ何を企んでいるのか分からない。だから、お茶会の席で話を引き出そう」
「オルディア教の神官たちといい、どうもきな臭い」
「……この町ごとカリューネ教に支配されてる、なんてことは?」
「今の段階じゃ断定できない。まずはバルドル様から事情を聞かないと」
「でも、レイナが一緒じゃ無理じゃないか? 絶対に邪魔してくるぞ」
そう、話を聞きたくても絶対にレイナが邪魔してくるに決まっている。バルドル様があの誘惑を振り切って、こっちに都合よく話してくれるなんて、到底思えない。
けれど、一つだけ、レイナの誘惑を打ち破る秘策があるのだ。
「ねぇ、クロネ。バルドル様って……もふもふが好きなんじゃない?」
「えっ? ま、まぁ……そういう節はあるけど……」
「ほらね! レイナを傍に置いてるのも、絶対にもふもふ目当てなんだよ!」
「……ユナ以外にも、もふもふに釣られる人がいるの?」
「いる! 絶対いる!!」
力説する私に、クロネとランカは不思議そうに首をかしげる。
「そんなに魅力的か? これが」
「ランカ、まだよく分からない……」
二人は耳をピクピク動かし、しっぽをふわりと揺らす。その瞬間、私の中のもふもふ警報が鳴り響いた。あぁぁぁ、これは危険! 堪らない! バルドル様だってイチコロに決まってる!
「だから! 次のお茶会で、このもふもふを最大限に活かす作戦を立てたの!」
「……え、作戦?」
「そう! 二人とも協力して!!」
勢いよく身を乗り出して叫ぶと、クロネとランカは「……まぁ、ユナがそこまで言うなら……」と、ちょっと引き気味に頷いた。
◇
色とりどりの花が咲き乱れる庭園。その一角に佇む白亜のガゼボへ、私たちは招かれた。
丸いテーブルの上には焼き菓子や果物が所狭しと並び、香り高いお茶を傍らのメイドが丁寧に注いでくれる。優雅な場に集うのは、私たちとバルドル、そして例のレイナだ。
「さぁ、遠慮なく。話をたくさん聞かせてくれ」
にこやかに微笑み、身を乗り出してくるバルドル。その視線がこちらに集まった――その瞬間。
「まあっ、このお菓子、とっても美味しそうですわ! バルドル様、はい、あーん」
レイナがすかさず割り込んできた。しかもバルドルの口元に菓子を突きつけ、腰の後ろからふわりと尻尾を揺らして彼の手をなぞる。
「え、えっと……あ、あーん……」
頬を赤くしながらも、まんざらでもなさそうに口を開けるバルドル。彼の顔はすっかり蕩けてしまい、ご満悦そのものだ。
……駄目だ、このままでは話にならない。バルドルの意識をどうにかこちらへ引き戻さなければ、肝心のことを聞き出せない。
だから、いよいよ作戦開始である。私は二人に目配せをすると、「本当にやるの?」と疑問を浮かべている顔をした。私が頷くと二人は遠慮がちに頷いた。
「わ、わぁ……美味しそうだな」
「う、うん。どれから食べよう」
「……あたしが選んであげる」
「ほ、本当?」
ぎこちない会話に、ぎこちない笑顔。クロネはテーブルの上から一つお菓子を摘まみ上げると、そっとランカの口元へ差し出した。
戸惑いながらも口を開いたランカは、お菓子をひと口。噛んだ瞬間――耳がぴん! と立ち、目がキラキラと輝き、しっぽがブンブン振られた。
「……ランカ?」
「んぐ、んぐっ! んーっ!」
「落ち着けって……」
ランカは両手をばたつかせ、しっぽもはち切れそうな勢い。その姿にクロネは呆れながらも微笑み、手元のお茶を差し出す。
ごくりと喉を潤したランカは――。
「クロネ! これ! すっごく美味しい! 初めて食べた味だよ!」
子犬のように無邪気にはしゃぐランカの様子に、クロネの口元が自然と緩む。
「……そんなにか?」
「うん! 本当に美味しいんだって! クロネも食べてみて! 今度はランカがあげる!」
「……分かったよ」
勢いに押され、クロネはおずおずと口を開いた。ランカが摘まんだお菓子を口に含むと、クロネの表情は変わらない――ように見えた。
だが、耳はぴんと立ち、しっぽがゆらり、ゆらりと揺れている。
「ま、まぁ……悪くないな」
「嘘だ! 絶対に美味しいって思ってる! だって、しっぽが動いてる!」
「ち、違う……これはその……!」
クロネは真っ赤になりながら、しっぽを手で押さえ込む。それでも、先っぽはくすぐったそうに揺れてしまう。
「ほら! 誤魔化してもダメだよ!」
「や、やめろって……」
二人のやり取りは、じゃれ合う子猫と子犬のよう。手をどかそうとランカが奮闘し、その魔の手から逃れようと奮闘するクロネ。
獣耳やしっぽがあるだけで、この光景がとても尊いものように見える。その光景をずっと見ていたい気もするが、これは作戦だ。
後ろ髪を引かれる思いでバルドルに視線を向けると――バルドルはこちらの光景に釘付けだった。二人の可愛いやり取りに夢中な様子で、レイナの方は向いていない。
これはチャンスだ。




