129.ロズベルク公爵に会う
オルディア教の神官たちが、なおも門兵に詰め寄る。
「我らの話を聞けば、きっとバルドル様も目を覚ましてくださるはず! だから、もう一度だけ会わせてくれ!」
「しつこいぞ! バルドル様は現公爵に代わり、この地を治めておられる。多忙な方だ、そんなことに時間を割けるはずがない!」
「以前は違った! 我らの話にも耳を傾けてくださったではないか!」
「考えが変わることなど珍しくもない! いずれにせよ、お前たちを会わせるわけにはいかん!」
門兵は頑なに神官たちを拒んだ。その態度に、神官たちの顔には焦りと苛立ちが浮かぶ。
なおも声を張り上げるが、門兵は一歩も引かず、ついには槍先を突きつけた。
「これ以上ごねるなら、力づくで追い払うぞ!」
「……っ!」
険しい声に神官たちはたじろぎ、互いに視線を交わすと、悔しげにその場を後にした。
一部始終を見ていた私たちの胸には、不安が広がっていく。
「どうして、オルディア教の神官たちがあんな目に遭うの?」
「……分からない。だが、よくないことが起きているのは確かだな」
「私たちの話も……聞いてくれるのかな」
もし神官たちが迫害されているのなら、私たちの訴えもまともに取り合ってもらえないかもしれない。領都で何が起こっているのか、それにバルドルの考えに何があったのか。疑念ばかりが募る。
そんな私たちの前に、先ほどの門兵と、一人のメイドが現れた。
「待たせたな。バルドル様に確認を取った。お前たちと会うそうだ」
「本当ですか!?」
「だが、あまり時間は取れん。忙しいお方だ」
「もちろんです。少しでも構いません。お願いします!」
「なら、このメイドについていけ」
そう告げられ、ようやく門を通される。胸を撫で下ろしながら、私たちはメイドの案内に従い、公爵邸の奥へと足を踏み入れた。
◇
私たちは豪奢な応接間へと案内された。深紅の絨毯に金の刺繍が映え、壁には絵画や装飾品が並ぶ。そんなきらびやかな空間に腰を下ろしただけで、自然と背筋が伸びる。
ふかふかのソファに座ったランカは、落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた。
「ランカ、大丈夫?」
「こ、こういうところに来るのは初めてだから……。偉い人に会うんだよね? もし失礼なことしたら、追い出されちゃうんじゃ……」
「大人しくしていれば平気だよ」
「うぅ、でも……」
不安そうに肩をすくめるランカ。その手を私はそっと握った。驚いたようにこちらを見たランカに、クロネも反対側から手を重ねる。
「大丈夫。私がついてる」
「……あたしも一緒だ」
「……二人とも、ありがとう。少し落ち着いた」
手の温もりに安心したのか、ランカはふぅと息をつき、静かにソファに腰を落ち着けた。
その時、扉がノックされる。私たちが揃って振り向いた瞬間、重厚な扉が勢いよく開かれた。
「待たせたな!」
入ってきたのは、大柄で立派な口髭を蓄えた初老の男性――バルドルだった。豪快に笑いながら私たちに歩み寄ると、ソファに座る間もなく、クロネの前に立つ。
「クロネ、久しぶりだな! 元気にしておったか!」
「はい。バルドル様もお変わりなく」
「ははっ! そんな堅苦しい挨拶はいらん。ほら!」
「わっ!?」
バルドルは軽々とクロネを抱き上げた。
「おぉ、ずいぶん大きくなったじゃないか!」
「バ、バルドル様っ……下ろしてください!」
「ははは! すまんすまん、つい昔のまま扱ってしまったわ!」
顔を赤くしてもがくクロネを、バルドルは豪快に笑い飛ばして下ろす。そして今度は、大きな手で彼女の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「よしよし、ちゃんと成長しておるな! やっぱり子どもの成長は早い!」
「こ、子ども扱いはやめてください……」
「何を言う! まだまだ子どもじゃろうが!」
抗議するクロネの声などどこ吹く風とばかりに、バルドルは楽しげに笑い続ける。その豪快さに圧倒されつつも、私たちは自然と表情を緩めていた。
そのクロネを片腕で持ち上げると、バルドルはどっかりと腰を下ろし、私たちの向かいのソファに座った。
「クロネがいると分かれば、褒章メダルなど出さなくても良かったんだが……。手間を掛けさせたな」
そう言って、笑いかけてきた。もしかして、門兵が過剰に反応しただけなのだろうか? 今のバルドルを見ていると、とてもオルディア教の神官を迫害しているようには見えなかった。
バルドルはクロネの頭を撫でまわしながら、会話を続ける。
「それで、わしに話があると聞いたが? まさか、クロネの家を取り戻すために協力しろ、とかでもいうのか?」
「いえ、それは自分の力で取り戻します。今回は別の件です」
「ほう、別の件……」
クロネの話を聞いて、興味深そうにバルドルはヒゲを撫でる。クロネは私の方を見ると、私は頷いた。それから、クロネはマジックバッグからダランシェ子爵からの手紙を取り出す。
「まずはこれを見てください」
「ふむ……。これは我が地方の同胞からの手紙……」
クロネが手紙を手渡すと、バルドルは封を開けて中身の手紙を読む。真剣な表情で手紙を見ていくと、その表情が驚愕に変わっていく。
「……ここに書いている事は誠か?」
「はい。私たちが実際に体験したことです」
「そんな、まさか……」
バルドルは手紙の内容を見て、信じられないと言った様子だった。カリューネ教を疑っていなかった人にとっては、信じがたい事実だ。
険しい表情をしながらもう一度手紙を読み始めるバルドル。この様子だと、私たちの力になってくれそう。そう思っていた時――。
突然、扉が開いた。驚いて振り向いてみると――。
「バルドル様、用事は済みましたか?」
そこにはカリューネ教の神官の服を来た、狼耳の獣人が立っていた。




