128.ロズベルク公爵に会いに行く
「じゃあ今日こそ、ロズベルク公爵様に会いに行こう」
町に着いて一夜が明け、ようやく本来の目的へと足を進める時が来た。朝の通りは行き交う人で賑わっており、荷馬車の軋む音や行商人の声が響いている。そんなざわめきの中を抜けながら、私たちは胸の奥に強い決意を抱いていた。
「ロズベルク公爵様にお会いして、カリューネ教がどれほど危険かを訴えないとね」
「ダランシェ子爵から預かった手紙もある。これを見せれば、公爵様も状況を理解してくださるはずだ」
「ランカも、あの恐ろしさを伝えるよ。怖かったこと、危なかったこと……全部話す」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
ダランシェ子爵領で起きた数々の惨状。信仰の名を掲げて人々を縛り、自由を奪っていたあの光景が脳裏に蘇る。あの惨劇を二度と繰り返させないために、私たちはここまで来たのだ。
ロズベルク公爵が耳を傾け、反カリューネ教の立場を鮮明にしてくれれば、教団の勢いに歯止めをかけられるだろう。そうすれば、これ以上無関係な人々が犠牲になることもない。
どうか、公爵様が味方になってくださいますように。胸に祈るような思いを秘めながら、私たちは石畳を踏みしめ、公爵邸のある場所へと歩を進めた。
やがて、視界の先にそびえ立つ巨大な壁が現れた。果てしなく続く石造りの防壁は、まるで小さな城を幾つも呑み込んだかのような迫力を放っている。あの中に、ロズベルク公爵家の屋敷があるに違いない。私たちは壁沿いに歩き、正門を目指した。
しばらく進むと、重厚な鉄扉に装飾が施された大門が姿を現した。二人の門兵が無言のまま立ち塞がり、こちらを鋭く見据えている。その威圧感に思わず息を呑んだが、顔を見合わせて頷き合い、勇気を振り絞って近づいた。
「こ、こんにちは」
「ここはロズベルク公爵邸。用のない者は立ち去れ」
短く突き放す声音に、胸が締めつけられる。けれど、引き下がるわけにはいかない。
「用ならあります。ロズベルク公爵様に、お取り次ぎ願いたいのです」
「……公爵様に会いたい、だと?」
門兵の眼光がさらに鋭さを増す。私は思わずたじろぎそうになったが、クロネが一歩前へ出て、マジックバッグから封書を取り出した。
「これを渡したい」
「……これは、ダランシェ子爵の印か」
「大切な手紙だ。直接お渡しし、説明をさせていただきたい」
門兵は慎重に手紙を受け取り、封蝋をしげしげと見つめた。だが、わずかに眉を寄せ、結局それを突き返してきた。
「怪しいな。こんなもの、誰にでも書ける」
「なっ……なんだとっ!」
「クロネ、待って! でしたら、手紙の中身を確認してもらえませんか?」
「……生憎だが、公爵様は今、皇都へ御出立中だ。中身を確かめることも出来ぬ」
「えっ……」
胸の奥が冷たくなる。ロズベルク公爵が留守だなんて、想定外だった。頼みの綱と思っていた手紙が、役に立たないなんて。
沈黙を破ったのは、クロネだった。
「ならば、前公爵様のバルドル様にお取り次ぎ願いたい。ご健在のはずだ」
「……確かにバルドル様はおられる。だが、身元の知れぬ者を通すわけにはいかん」
「……私は、中央地方を治めていた前公爵家ルクレシオン家の一人娘、クロネだ」
凛とした声が、門前の空気を震わせた。門兵の目が驚愕に見開かれる。しかしすぐに表情を引き締め、無骨な声を返す。
「その身分を証明するものは?」
「それは……名を伝えれば分かるはずだ」
「証拠なき言葉は信じられん。加えて、バルドル様は今多忙なお方。容易に通すことは出来ぬ」
固く閉ざされた壁のような拒絶。私は焦燥に駆られ、必死に考えを巡らせた。――そうだ!
「クロネ、褒章メダルを!」
「……そうか!」
褒章メダル。授与されたそれは、爵位を得る資格を示すだけでなく、貴族に対して正当な面談を求める権利でもあった。
クロネはマジックバッグから袋を取り出す。その中身を見た門兵は、目を見開き、息を呑んだ。
「な……これほどの数を……!」
「ご確認ください。これだけ揃えば、面会は申し込めますよね?」
「し、しばしお待ちを……!」
門兵は慌ただしくメダルを抱え、邸の奥へと駆けていった。
「ふぅ……どうなることかと思った」
「なんとかなりそうだな」
「会えそうで良かったね」
胸を撫で下ろし、安堵の息が漏れる。まだ先は読めないけれど、確かな希望が見え始めた――そう感じた、その時だった。
邸の外から、一団が近づいてくるのが見えた。衣を纏う者たち、見覚えのある服装。オルディア教の神官たちだ。彼らは険しい表情のまま、残った門兵に詰め寄った。
「バルドル様は御在邸か? 至急お目通り願いたい!」
「……お前たちか。バルドル様は会わぬと告げたはずだ。期日を待て」
「そのような条件、到底呑めぬ! 直ちにバルドル様にお取り次ぎを!」
「しつこいぞ! 決まったことは覆らん! お前たちに残されたのは――期日の決闘に臨むことだけだ!」
怒号が門前に響き渡り、緊張が走る。決闘?
一体、何を意味するのだろうか。胸の奥で不安が膨れ上がっていった。




