127.もふもふの誘惑
ランカの耳元で揺れるイヤリングが、光を受けてキラキラと輝いている。けれど、それ以上にランカの笑顔は、何よりも眩しかった。
「えへへ……。ランカ、友達って初めて。だから……すごく嬉しい」
照れたように、それでも心からの笑みを浮かべてそう言うランカ。その姿を見ていた私たちまで胸が温かくなり、自然と頬がほころんだ。
「友達になれるって、本当に嬉しいな。これからもっと増えていったら、きっともっと楽しくなる」
「うんっ! 嬉しい! なんだか力が湧いてくるみたい!」
「ふふ、その気持ち分かるなぁ。友達がいると、なんでも出来そうな気がするよね」
声を交わすたびに、胸の奥から不思議な力が満ちてくる。喜びが心を温め、笑顔が次の笑顔を呼ぶ。
三人で顔を見合わせると、同時に笑い声がこぼれる。その瞬間、私たちはひとりじゃないと実感した。誰かが近くにいるって、友達が近くにいるってこんなにも凄い事なんだと思った。
すると、ランカがふと俯き、少し寂しげな顔をした。
「……いつも、路地の隅から見てたんだ。通りで楽しそうに遊ぶ子供たちの姿。あんなふうに遊べたらなぁって……ずっと羨ましかった」
その言葉に胸が締めつけられる。ランカにとって普通は手の届かない遠い世界。だからこそ、何気ない日常さえ眩しく見えていたのだろう。
クロネも同じ思いを抱えていたのか、しみじみと頷いた。
「その気持ち、分かるよ。あたしも、普通の暮らしってやつが羨ましいって……ずっと思ってた」
「そうなんだ……。そっか、ランカだけじゃなかったんだ……。なんだか、少しホッとした」
二人とも、決して普通とは呼べない日々を歩んできた。だからこそ普通への憧れが深いのだ。けれど、そこにはまだ一線を引くような遠さがあった。
だったら、友達として、私がその線を踏み越えるきっかけを作らなきゃ。
「だったら、これから憧れてたことをしようよ! どんなことがあるかなー?」
「ランカは、クロネとユナの友達! だから……友達がやりたいことを、一緒にやりたい!」
「友達のやりたいこと、か……いいね。それに付き合うのも、なんだか楽しそうだ」
三人で頭を突き合わせて「やりたいこと」を考える。
「もふもふしたり、ブラッシングしたり、一緒にお風呂に入ったり……かな!」
「……それって友達としてやりたいこと? いつもと変わらない気がするけど」
「ユナはいつももふもふしてくるからねー」
「ち、違うよ! もふもふは特別なんだよ! だって――!」
私は思わず身を乗り出して、力説してしまった。
「もふもふはね、ただ撫でてるだけじゃないの! 相手を大切に思ってるからこそ触れたくなるし、触れてもいいって思えるのは心を許してる証なんだよ! もふもふする側も、される側も、心があったかくなる。安心できる。幸せになれる! だから……友達にしかできない、とっても尊いことなんだよ!」
必死で語る私に、クロネとランカは目を瞬かせて、それから顔を見合わせて吹き出した。
「……ユナって、本当に不思議だな。もふもふの話になると、すごく熱い」
「うん……でも、なんだか分かる気がする。ユナの言う通り、もふもふって……友達だからこそ出来る特別なことかも」
二人の笑顔に、私の胸はじんわりと温かくなった。やっぱり、もふもふは友情の証なのだ!
最近は、自分で触ってもふもふを堪能するのもいいけれど……それ以上に、二人がじゃれ合っている姿を見るのがたまらなく好きになってきた。
楽しそうに話をして、耳をぴくぴく動かして、しっぽをふわんと揺らす。その一つひとつが愛らしくて、私の胸はぎゅっと締めつけられるみたいにキュンとなる。
あぁ、もっと見ていたい。ずっと、二人がもふもふと戯れている姿を眺めていたい。
もちろん、それでは私が輪の中に入れないのはちょっぴり寂しい。けれど、それでもいいの。だって、あの光景はその小さな寂しさを余裕で吹き飛ばしてしまうほど尊くて、価値があるんだから。
「おーい、ユナ!」
「えっ、な、何?」
「ユナがボーッとしていたから、どうしたのかなって」
「あ、あぁ……ごめん。つい、考え事を……」
「なんか凄く真剣な顔で考えていたな。何を考えていたんだ?」
二人が揃って不思議そうに首をかしげる。その仕草がまた可愛くて、思わず心臓が跳ねた。こ、これは……答えなきゃダメ?
でも、正直に言ったら絶対に恥ずかしい。「もふもふ二人がじゃれ合ってるのを、もっと見ていたい」なんて……口が裂けても言えない!
けれど、ほんの少しだけ胸の奥から悪魔のささやきが聞こえてきた。言っちゃえば? 二人にお願いすれば、もっとじゃれあってくれるかもしれないよ? そうしたら、思う存分尊い光景を堪能できるんじゃない?
「う、うぅ……」
ダメ! そんなの恥ずかしすぎる……! でも……でも……。
頭の中で天使と悪魔が取っ組み合いを始めたようで、私の心はぐるぐると揺れ動いていた。どれが本当の声で、どれが偽物の声なのか分からない。迷っていると、また声が聞こえてくる。
『ほれほれ、どうするんですかー? 早く言わないと、もふもふが見れなくなりますよー?』
うぅ、それは嫌だ。自分でもふもふもしたいけれど、もふもふがじゃれ合っている所もみたい。
『そういう時は神様に答えを委ねるのもいいと思いますよー。その方が楽になれます。楽に、楽に……』
楽に……ん? この声って……私の声じゃない!
『ちっ! 気づかれた!』
勝手に人の心に入ってこないでください! それでも、神様ですか!
『だって、だって! とても悩んでいた様子だったので、面白くてつい口が出てしまったんですよ!』
仕事はどうしたんですか!?
『うぅっ! か、神様にも休憩が必要なんです!』
人を弄ぶような事をするのが休憩なんですか!?
『私の息抜きにはなりますね!』
そんな、自信満々に言わないでください! とにかく、勝手に人の心を読まないでくださいね!
『また、来ます!』
だったら、今度は無視しますね。
『そ、そんなー! あんまりですぅー!』




