126.友達のしるし
戸惑うランカの手を引きながら、私たちは人で賑わう大通りを進んでいった。行き交う人々の笑い声や商人の呼び声が溢れていて、その場に立っているだけで胸が弾むような活気がある。
ちらりとランカを見やると、まだ周りを怖がるように視線を落とし、遠慮がちに歩いていた。私はそんな彼女を安心させるように、そっと手をぎゅっと握り直す。
「ランカは、気になるものとかある?」
問いかけると、ランカは少し困った顔をして首を傾げた。
「気になるもの……。でも、どんなものがあるか分からないから」
「そっか。なら、一つずつお店を見て回ろうか。ゆっくりでいいから」
私が笑顔で言うと、ランカは小さく頷いた。その表情はまだ強張っているけれど、ほんの少しだけ肩の力が抜けたように見える。
まず足を止めたのは、果物を山のように積み上げた店先。赤や黄色の果実が太陽の光を受けてきらめいている。
「わぁ、綺麗……」
ランカがぽつりと漏らした声は小さかったけれど、その瞳には確かな興味が宿っていた。
「ここは果物屋さんだよ。甘くて美味しい果物がいっぱいあるんだ」
「それぞれ色んな味や食感がするんだ」
クロネと一緒になって順に説明すると、ランカは驚いたように目を瞬かせていた。その視線がふと、一つの赤い果物に吸い寄せられる。
「ランカはこれが気になる?」
「……うん。どんな味をしているのか気になる」
「じゃあ、これにしようか。おじさん、この果物をひとつください。それと、三人で分けられるように切ってもらえますか?」
「はいよ!」
お金を渡すと、おじさんは大ぶりな赤い果物を手際よく切り分けてくれた。三等分された果実を受け取り、私たちは自然と輪を作るように並んだ。
「わぁ……甘酸っぱい匂いがする」
「ほんとだ。香りだけで食欲がそそられるな」
「……どんな味なんだろう」
「食べてみようよ」
そう言って、三人で小さく目を合わせる。まるで合図のように、同時に果実へとかぶりついた。
途端に、口いっぱいに広がる甘酸っぱい果汁。じゅわっと零れる甘みと酸味が、喉を通るたびに心まで満たしていく。
「んっ……美味しいね!」
「これは……旨いな」
「……美味しい!」
三人の声が重なり、同時に顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
「ふふっ……三人とも同じこと言ってたね」
「しかも声まで揃ってたぞ」
「そんなことって……あるんだね」
互いの笑顔が連鎖して、自然とまた笑みが零れていく。私たちが笑うほどに、ランカの緊張が少しずつ解けていくような気がした。だったら、もっと笑顔になれるものを一緒に探そう。
そう思って、三人で再び手を繋ぎ、通りを埋め尽くすお店を一つずつ見ていく。
立ち止まったのは、色とりどりの布を並べている店。艶やかな青、落ち着いた緑、眩しいほどの黄色。ランカは初めて見る鮮やかな色に目を丸くして、そっと手を伸ばした。指先に触れる柔らかさに驚き、ほんの少しだけ頬が緩む。
次は、香ばしい匂いの漂うパン屋。店先には焼きたての丸パンが山のように積まれていて、思わず鼻をひくひくと動かししっぽを振るランカ。その仕草が小動物みたいで、私もクロネも思わず笑ってしまう。すると、恥ずかしそうに肩をすくめつつも、彼女も小さく笑みを返してくれた。
さらに進んでいくと、道具屋の前では不思議な形の瓶や金属の道具が並んでいる。ランカは少し怖そうに見つめていたけれど、クロネが軽口を叩いて見本を持ち上げると、くすりと小さな笑い声を零した。最初は警戒で固かった表情が、段々と柔らかくほどけていくのが分かる。
少しずつランカは街の賑わいに溶け込んでいく。戸惑いと緊張でいっぱいだった顔が、今は楽しさで淡く染まっている。それを横で眺めながら、胸の奥がじんわりと温かくなった。
きっと、この時間は彼女にとって初めての思い出になる。そう思うと、なんだかとても尊くて、もっともっと大事にしたくなった。
そうして歩いていくと、また違うお店の前で足が止まった。そこは、以前にも立ち寄ったことのある――アクセサリー屋だった。
「わぁ……キラキラしたものがいっぱい!」
店先に並べられたアクセサリーを見て、ランカの瞳が輝きを帯びる。その無邪気な喜びように、胸の奥から自然とランカにアクセサリーを贈りたいという気持ちが溢れてきた。
ふと横を見ると、クロネも同じように私を見返してくる。次の瞬間、クロネが自分のマントに付けたピンを指で示した。……どうやら、クロネも同じことを考えていたらしい。
思わず頬が熱くなる。けれど、嬉しくて仕方なくて、私は小さく頷いてみせた。ランカが夢中でアクセサリーを眺めている間に、私たちはこっそりと彼女に似合うものを探すことにする。
「……これなんかどうだ?」
「あっ、いいね。でも、こっちも可愛いと思う」
「うん……確かに、それも悪くないな」
二人して、あれこれと意見を交わしながら選んでいく。あーでもない、こうでもないと真剣に話し合う時間が、なんだか楽しくて仕方がなかった。そしてついに、これだと思える、ランカにきっと似合うアクセサリーを見つけ出した。
こっそりと店主にお金を渡して受け取ると、私はそっとランカの肩を叩いた。
「ん? なに?」
不思議そうに首を傾げるランカの前へ、小さなイヤリングを差し出す。金色に輝くイヤリングで、繊細な細工が施されていて、先端には小さな宝石がちょこんと揺れている。光を受けるたびにきらりと瞬き、まるで星のかけらを閉じ込めたようだった。
「これ……ランカに似合うと思って」
「あたしたちからのプレゼントだ」
そう言って差し出すと、ランカはぱちぱちと瞬きをして固まった。驚きと戸惑いが入り混じった表情。けれど、やがて宝石に映る自分を見つめて、ゆっくりと頬が赤く染まっていく。
「……ラ、ランカに?」
「うん。さっきすごく嬉しそうに見てたから」
「絶対に似合うと思う」
言葉を重ねると同時に、私は微笑んで付け加える。
「これはね……友達のしるしとして贈りたいの」
その一言に、ランカは目を大きく見開いた。まるで信じられないことを聞いたように、宝石よりも揺れる瞳でこちらを見つめる。
「……とも、だち……?」
掠れる声でつぶやいた後、ランカは両手でイヤリングを受け取った。まるで壊れやすい宝物を抱くように、震える指先で包み込む。その瞳はまだ揺れていて、信じたいけれど信じきれない、そんな迷いが滲んでいた。
私はそっと一歩近づき、真っ直ぐに言葉を紡ぐ。
「ランカ……私はね、君と友達になりたい。最初に会ったときから、そう思ってたんだ」
隣でクロネも静かに頷き、力強く言葉を添える。
「あたしも同じ。ランカと一緒に笑って、一緒に冒険して、同じ景色を見ていきたい。だから、友達になってほしい」
ランカの瞳がさらに大きく見開かれる。胸に抱いたイヤリングを見下ろし、そしてゆっくりと二人を見返す。その表情は驚きから戸惑いへ、戸惑いから――やがて抑えきれない喜びへと変わっていった。
ランカの目からぽろりと涙が零れる。けれど、口元には誰よりも柔らかく、温かな笑顔が浮かんでいた。
「……ラ、ランカ……。ユナとクロネと、友達になりたい! なりたいよ……!」
その言葉に、私たちは同時に笑みをこぼす。自然と手を伸ばして、三人の手がぎゅっと重なり合った。
それはまるで、小さな約束の証のように、温かく結ばれていた。




