表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】転生したら魔法が使えない無能と捨てられたけど、魔力が規格外に万能でした  作者: 鳥助
第四章 ロズベルク公爵領

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/143

125.ロズベルク公爵領の領都

「あっ! 見えてきた!」


 道を進んでいると、突然ランカが弾んだ声を上げて前方を指さした。私は目を凝らすが、まだ遠くて霞んで見えるだけだ。


「おぉ……見えたな。あれがロズベルク公爵領の領都だ」

「へぇー! あんなに大きな町、初めて見た!」


 二人はもうはっきり分かっているらしく、楽しげに会話している。けれど、私にはまだぼんやりとした影にしか見えない。


「二人とも目が良すぎるよ。私には全然分からないんだけど」

「ユナは獣人じゃないからね」

「視力は獣人の特権だな」


 あっさりと言われて、ちょっとだけ不満が込み上げる。こういう時、自分も獣人だったらなあ。そしたら耳も尻尾も……もふもふ……いやいや、今はそんな妄想してる場合じゃない!


 ホバーバイクの速度を少し上げる。すると次第に視界が開け、遠くの光景がはっきりとしてきた。


 高くそびえる城壁。町というより、一つの巨大な要塞のようだった。


「……わぁ、大きい」


 ようやく自分の目で確認できて、思わず息を呑んだ。今まで寄ってきた町とは比べようがないくらいの大きさ。


 目の前に広がる光景は、圧倒的だった。石造りの城壁は山のように高く、空を切り取るほど。門前にはすでに商隊や旅人らしき人々が列をなし、活気ある声が遠くからでも聞こえてくる。


「すごいすごい! あんなに人が並んでる! 綺麗な旗がいっぱい並んでる!」


 ランカは目を輝かせ、身を乗り出して指を差す。


「中は一体どうなっているんだろう? こんなに大きいと想像つかないよ」


 私もその様子にテンションが上がる。一体、中はどんな感じになっているのか……。考えるだけでワクワクした。


 そんな私たちを横目に、クロネが少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「……賑やかそうだな。人が多いところは、ちょっと苦手だけど……でも、楽しみだ」


 その声は小さかったけれど、隠しきれない高揚感がにじんでいる。


「ふふっ、クロネも楽しみにしてるんだね」

「う、うるさい……」


 照れ隠しに目を逸らす姿に、思わず笑みが零れる。


 胸の鼓動が自然と早くなる。大きな町。新しい出会い。まだ見ぬ出来事。すべてがこの先に待っている。


「よーし! 行こう!」

「うん!」

「……あぁ」


 三人の声が重なり、ホバーバイクは城壁へとまっすぐ進んでいった。


 ◇


「ようこそ、ロズベルク公爵領の領都へ」


 門番の人が笑顔で言い、私たちを中へと通してくれた。見上げるほどの巨大な城門をくぐると、外の空気とは違う、熱気とざわめきが押し寄せてきた。


 胸がドキドキと高鳴る。門を抜けると、まばゆい光とともに一気に視界が開ける。


 そこには、今まで見たどんな町よりも大きく、賑やかな光景が広がっていた。


「わぁ……!」


 思わず息を呑む。石畳の広い通りには人、人、人。荷馬車が行き交い、行商人たちが威勢のいい声で客を呼び込んでいる。焼きたてのパンの匂い、香辛料の香り、革の匂いが混じり合って鼻をくすぐった。


「……すごいな」

「うん!」


 隣でクロネが低く呟く。普段あまり表情を変えないクロネでさえ、思わず見惚れているのが分かった。


 私も同じだ。右を見ても左を見ても人、人、人。山積みの果物に色鮮やかな布地、煌めく宝飾品まで。目に飛び込んでくるものすべてが新鮮で、気づけば言葉を失っていた。


「ねぇ、見て! あっち、すごくない!?」


 ようやく声を取り戻した私は、通りの先に並ぶ屋台を指さした。飴細工や焼き菓子が並び、子どもたちが歓声を上げながら群がっている。


「ほんとだ……! あんなにいろいろあるなんて」


 私の声に、クロネも頷きながら小さく笑みを浮かべた。次第にこの賑やかな通りに慣れてきて、その光景を楽しむことが出来始めていた。


 ――けれど。


 ふと見ると、ランカは立ち止まっていた。耳と尻尾がわずかに下がり、周囲の喧騒に押されているみたいに。


「ランカ?」

「どうしたんだ?」


 私とクロネが声をかけると、ランカは苦笑して視線を落とした。


「なんか……すごすぎて、逆に落ち着かないんだ。ずっとスラムで暮らしてたから、こういう賑やかな場所に来ると……自分が場違いに思えちゃって」


 楽しさに包まれた通りの中、ランカだけが少し影を落としていた。今まで薄暗いスラムで暮してきたランカにとって、この通りは光の世界だ。闇の世界に生きてきたランカには、眩しすぎる場所。


 ランカは視線を泳がせながら、小さく肩をすくめた。


「スラムじゃ、人の声なんて怒鳴り声か喧嘩腰の言葉ばかりだった。食べ物の匂いだって、腐った残り物の匂いとか……そういうのばかりでさ」


 目の前の光景と、これまでの暮らしを比べるように、ぽつりぽつりと言葉がこぼれる。


「だから、こんな……明るくて、にぎやかで、笑ってる人ばかりの場所に来ると……なんか、ここにいちゃいけない気がするんだ」


 握りしめた手は少し震えていて、長い尻尾はだらりと力なく垂れていた。


 見たことのない世界に憧れを抱くよりも先に、そこに自分の居場所はない。そんな不安の方が大きいのだろう。


「みんな楽しそうなのに、足がすくんでる。……もう、スラムから出たのに。こんなんじゃ、駄目だよね」


 自嘲気味に笑うその顔は、普段の明るいランカからは想像できないほど弱々しかった。華やかな通りの真ん中で、ランカだけが一歩を踏み出せずにいる。


 ランカは足を止めたまま、視線を地面に落としていた。人々の笑い声や呼び込みの声が、ランカにとっては遠い世界のもののように響いている。


「……一歩、踏み出すのが怖いんだ。こんな眩しい場所に、自分が入っていっていいのか分からなくて……」


 その小さな声に、私はそっと微笑んだ。そして迷いなくランカの手を取る。


「じゃあ、私が引っ張ってあげる」

「えっ……」


「一人じゃ怖いなら、手を繋いで一緒に行こう。大丈夫、私が隣にいるから」


 そう言って、ぎゅっと握った手を引く。戸惑っていたランカの足が、わずかに前へ動いた。


 人混みのざわめきの中に、一歩。そしてもう一歩。そのたびに、私の手を握るランカの力が少しずつ強くなる。怯えていたはずの瞳に、ほんの少しずつ光が戻っていく。


「……行ける、かな」

「行けるよ。だって、私たち三人で一緒なんだから」


 振り返ると、クロネが黙ってランカの隣に来た。そして、同じように手を握る。


「……これで怖くない?」


 心配そうにクロネがランカを見つめる。それだけで、ランカの瞳に光が戻ってくるみたいだ。


 ランカは頬を緩ませ、嬉しそうに笑った。


「うん……。これなら、行けそう」

「だったら、ランカに町の楽しさを教えないとね。行くよ、クロネ」

「任せろ」


 私たちは笑い合うと、人でごった返す通りに向かって歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
???『スラムより怖いところがあるんですよ?』 信者A「サボらず働け!脳みそクチュクチュするぞ?」 信者B「信者画地味に戻って来ているから働け!記者会見でもライフワークバランスなんて捨てろと総理が言っ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ