124.魔力の人形
「……ん、あれ?」
背中の痛みに目を覚ました。上体を起こして周囲を確かめると、私は固い地面に直接寝そべっていた。
どうしてこんなところで……? そう思った瞬間、昨夜の出来事がじわじわと蘇ってきた。
そうだ、山岳地帯から下りてきたんだ。
荷を積んだ商人たちが足止めを食らい、麓に集まっていた。魔物が行く手を阻み、交易路が閉ざされかけていたのだ。私たちがたまたま通りかかって、その魔物を退けただけ。けれど――。
救世主だ、と言って、彼らは私たちを取り囲んだ。わっと上がる歓声に、思わず気圧される。差し出される感謝の言葉と握手、そして肩を叩く笑顔の嵐。
広場に焚き火が焚かれ、酒樽が開かれた。商人たちは夜が更けても宴を続け、私たちの手には次から次へと感謝の品が押しつけられた。笑い声と楽器の音、果実酒の甘い香り――。
そして気づけば、私はすっかり夜更けまで起きてしまい、そのまま地面に崩れ落ちていたのだ。
「……なんか、大変だったな」
小さく呟き、額を押さえる。あのときの熱気がまだ体に残っている気がした。誇らしいような、むず痒いような、不思議な気持ちだ。
隣を見て見ると、クロネとランカがぐっすりと寝ていた。私は二人を起こし始める。その頃になると、他のところで寝ていた商人たちも起き始めた。
◇
「この度は山岳地帯の魔物を倒してくださって、誠にありがとうございます。これは、心ばかりのお礼です。どうかお受け取りください」
商人たちの代表が、丁寧に両手で褒章メダルを差し出してきた。二枚。これで手元のメダルは九十二枚になった。
「それと……あの山岳地帯を越えてきた皆さまにこんなことを頼むのは心苦しいのですが。もし、お急ぎでなければ、もう一度山岳地帯までの護衛をお願いできないでしょうか? ハイオークのような強敵を相手にする戦力が、我々にはないのです」
その声音には、本気で困っているのが滲んでいた。けれど、私たちも悠長に足を止めていられる旅ではない。どうしてもその依頼を受けるわけにはいかなかった。
しかし、このまま見捨てて行くのも、あまりに心もとない。
……何か、良い手はないだろうか?
私たちが直接同行できないのなら、代わりになるものを残せばいい。自律して動き、指示に従う存在。護衛として役立つもの。
……オルディア様? いやいや、あの方は持ち運べないし却下。
少し考えて、私はひとつの答えに辿り着いた。私の魔力で造ればいい。
「少し……お時間をいただけますか?」
「ああ、もちろんだ。ゆっくり考えてくれればいい」
代表の了承を得て、私は少し離れた場所へ移動する。そこで深呼吸をして、集中した。
まず、魔力を凝縮させ、手のひらの上に丸い光の塊を生み出す。最初は半透明でぼやけていたが、意識を注ぐと次第に白色に染まり、はっきりとした球体になった。
けれど、これではただの白い球だ。どう見ても護衛にはならない。
やはり自立して動くといえば、二足歩行。そこで腕と脚を形作ると、まるで人形のような姿になった。
「……うん、形はこれでよし」
次に、この魔力の塊へ意志を宿らせる。私の思考の一部を流し込み、簡単な命令を理解できるように組み込む。
するとどうだろう。小さな体が震え、じたばたと動き出した。地面にそっと降ろしてみると、やがて落ち着きを取り戻し、すっと立ち上がってこちらを見上げてきた。
「……私の声、聞こえる?」
問いかけると、その魔力の人形は小さくこくりと頷いた。試しにいくつか言葉を投げかけてみると、どれも理解しているようで、きちんと反応を返してくれる。
どうやら、うまくいったみたいだ。魔力を自立させて、簡単な命令なら受け答えできる。これで下準備は完了した。あとはどうやって、この魔力の人形に魔物を倒す力を付与するか。
ハイオークのような強敵を一撃で仕留める力……。そうだ、爆発の力を持たせればいいんじゃないか?
強敵が現れたら、その体に飛びついて爆発する。うん、それならばイチコロだ。
私は魔力の人形を両手にすくい上げ、その小さな体に爆発の力を付与した。命令をすれば、魔物に飛びついて爆発してくれるはずだ。
早速、実演するために代表者のもとへ戻った。
「どうするか、決めたかね?」
「はい。私たちは一緒にいけませんが、この子が代わりに護衛をします」
「……この人形がか?」
代表者は目を丸くして固まった。表情には不安が浮かんでいる。だから、私は丁寧に説明を始めた。
「この子には爆発の力が備わっています。命令をすると、魔物に飛びついて爆発をします。強敵でも、一撃で倒せると思います。実際にご覧になりますか?」
「あ、あぁ……」
私は頷き、人形に声をかけた。
「よし、あそこまで行って」
人形は素早く駆けていき、周囲に誰もいない場所で立ち止まった。
「爆発して!」
ドォォォォンッ!!
轟音とともに、まばゆい閃光が走った。衝撃波が一帯に広がり、土煙がもうもうと立ち昇る。周囲の岩はひび割れ、木の枝が折れて飛んでいった。
周りで見ていた商人たちは思わず尻もちをつき、代表者も腰を抜かしかけている。誰もが呆然と、爆発の余波が収まっていく光景を見つめていた。
やがて、風に流されて煙が晴れていくと、そこにはぽっかりと大穴が残っていた。
「……こ、これは……」
「強敵でも、あの一撃なら倒せます。命令に忠実ですから、皆さんを護衛するには十分だと思います」
私がそう告げると、商人たちは互いに顔を見合わせ、言葉を失ったまま頷いた。
「ひ、ひぇぇぇ……!」
「な、なんという威力だ……」
「さっきまであそこに立っていたら、骨すら残らなかったぞ……!」
商人たちは口々に声を上げ、腰を抜かしたまま後ずさったり、両手を頭に抱えたりしている。中には震える声で祈りを唱え始める者までいた。
そして、しばしの沈黙のあと、一人の商人が声を張り上げた。
「す、すごい……! これほどの力を見せるなんて、まさに英雄様だ!」
その言葉を皮切りに、周囲から次々と歓声があがる。
「英雄ユナ様!」
「山岳地帯の守護者だ!」
「これでどんな強敵が来ても、安全だ!」
大げさすぎるほどの賛辞が飛び交い、商人たちは次々と駆け寄ってきて、感極まったように手を合わせたり、頭を下げたりした。
「どうか、このご恩は一生忘れません!」
「子や孫にも伝えます! ユナ様が私たちを護ってくださったことを!」
取り囲まれた私は、なんだか居心地が悪くなって、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「え、えっと……そんな大げさなものじゃありません。ただ、ちょっと魔法で作っただけで――」
そう弁解しても、商人たちの興奮は収まらない。彼らにとっては、すでに私の存在そのものが伝説の域に達しているらしい。
すると、代表者も私の前に来て、手を握って何かを渡してきた。
「この力があれば、安心して山岳地帯を越えられそうです。これは、最後の褒章メダルです。どうか、お受け取りください」
とても感動した様子でそう言って、褒章メダルを一枚渡してきた。困ったように二人に助けを求めていると、二人は私の後ろで満足げに頷いていた。




