121.楽しい修行日和(2)
「この周辺には魔物がいないみたいだな」
「ランカも、魔物の気配は感じないよ」
山岳地帯を歩き回り、目当ての魔物を探す。だが、近辺の魔物はあらかた討伐されてしまったのか、姿が見えない。
「じゃあ、少し離れた場所に行ってみる?」
「ああ、それがいい。これだけ広い土地じゃ、魔物も散らばってしまうからな」
「思ったよりも、遭遇しないんだね……」
人の気配がない土地だから、魔物は多く棲んでいると思っていた。けれど、広大すぎるがゆえに見つけにくい状況らしい。
「さて、どの方向に進めば魔物に出会えるか……」
「上かな? それとも下かな? どっちの方が多いんだろう」
二人は耳や鼻を頼りに真剣に考えるが、なかなか答えは出ない。目に見える指標のようなものがあれば、ずっと楽なのに。
索敵に関して、私は役に立たない。鋭い聴覚や嗅覚を持つクロネとランカだからこそできる芸当だ。だが、それも一定の距離まで。もっと遠くまで探れたら……と、どうしても思ってしまう。
――待って。私の魔力で、それが可能になるのでは?
けれど問題は、魔力の届く範囲だ。いくら私でも、無限に魔力を放てるわけではない。あまり広げすぎれば、あっという間に魔力切れを起こしてしまうだろう。
だからこそ、ただ力をばらまくのではなく、効率的に使う手段が必要だ。でも、魔力を効率よく使うってどうすればいい?
どうすれば、もっと広い範囲を探れるんだろう。今のままでは、魔力をただ撒き散らすだけ。広げれば広げるほど、私の魔力は一気に削られてしまう。
無駄が多すぎる。
まるで水をざるに注ぐように、漏れ続ける魔力。これでは長続きしない。ならば、もっと効率的に、必要なところにだけ魔力を行き渡らせる方法が必要だ。
空気に乗せる? 風に託す? それとも、大地や岩を通わせる? 考えれば考えるほど、頭の中でいくつもの可能性が浮かんでは消えていく。
ただ力を押し出すんじゃなくて、媒介になるものを使えれば……。空気や大地はどこにでもある。それをうまく利用できれば、私ひとりの魔力を何倍にも広げられるかもしれない。
……そうだ! 空気中には微量の魔力が含まれている。その魔力と自分の魔力を同調させられれば、広範囲に影響を及ぼせるのではないだろうか。
まずは空気中の魔力と自分の魔力を合わせることから試してみる。体の内側から魔力を押し出し、周囲の魔力へと溶け込ませようと意識する。
だが、なかなか融合しない。同じ魔力という性質を持ちながら、それぞれが異なる属性を帯びているため、互いに弾き合ってしまうのだ。
ならばこちらを合わせればいい。空気中の魔力と同じ属性へと自分の魔力を変化させ、改めて融合を試みる。意識を集中すると、周囲の魔力に自分の魔力が染み込んでいく感覚があった。
そう、この手応え。この調子でさらに同調を深めれば……!
全神経を注ぎ込んだ瞬間、世界が一気に広がった。感覚が自分の外へと溶け出し、薄い膜のように空気中へ広がっていく。
これは……間違いない。空気中の魔力と同調できた。
すごい……。自分の認識の外へと手が伸びるような感覚は、まるで世界に溶け出すような解放感だ。これが――空気中の魔力と同調する力。
試しに、その魔力に意思を乗せてみる。すると、意識を向けた方向の情報が鮮明に流れ込んできた。木々の本数、川の大きさ、そして――そこに息づく生き物たち。
まるで自分がその場に立っているかのように、ありありと認識できる。この力があれば、遠くの出来事さえ手に取るように分かる。
魔物の気配を探ると、すぐに反応があった。……これは、以前戦ったことのある魔物だ。なるほど、この方角に、これくらいの数がいるのか。
「二人とも、魔物の居場所を見つけたよ」
「えっ、どうやって?」
「ちょっと魔力を使ったんだ。とりあえず、あっちへ進んで」
「分かった。じゃあユナは私が背負うね、急ごう!」
二人に位置を伝えると、驚きの表情を見せながらも、疑うことなく動いてくれた。獣化したランカに抱えられ、風を切るような速度で山岳地帯を駆け抜ける。
やがて、感知した通りの場所にたどり着く。そこには確かに魔物の姿があった。
「……本当だ。魔物がいる」
「こんなに離れた場所を分かるなんて、ユナってすごい!」
「ユナ、今のは一体どうやったんだ?」
「詳しいことは後で話すよ。今は目の前の魔物を討伐しないと」
「よーし、それじゃあ頑張ろう! スキル技、手に入れるぞー!」
二人は気合を入れ直し、魔物に立ち向かっていった。
空気中の魔力と同調する力。これは、もっと他の事にも使えそうだ。これは検証のしがいがある。