120.楽しい修行日和(1)
「逃げたぞ!」
「こっちは任せて!」
「じゃあ、私はあっち!」
むき出しの岩肌を蹴って、魔物たちが四方に散っていく。その後を、獣化したランカが獣のような速度で追いすがった。
私は逃げる魔物の姿を頭に描き、魔力を高めて火の矢を形成する。そこに自分の意思を込め、放つ。
空を裂くように飛んだ火矢は、迷わず魔物の背に突き刺さった。瞬間、轟音と共に爆炎が弾け、魔物の体を呑み込む。
……よし、こちらは片付いた。あとはランカとクロネの方だけど……。
辺りを見渡すと、ほどなくして二人が歩いて戻ってきた。
「こっちは仕留めた」
「ランカも、やっつけたよ!」
「良かった。怪我はない?」
「Cランクの魔物に遅れは取らないさ」
「全然弱かったから平気!」
三人で合流し、無事を確かめ合う。誰一人として傷を負っていないのを知り、胸を撫で下ろした。と、その時。クロネがぱっと顔を輝かせる。
「じゃあ、次はあっちに行ってみよう!」
耳はぴんと立ち、尻尾は嬉しそうに揺れている。その瞳は戦いへの期待で煌めき、まるで「まだまだやれる!」と語っているようだった。
普段はなかなか見せない無邪気なはしゃぎっぷりに、私とランカは思わず顔を見合わせる。
「クロネ、ここに来てから本当に元気だね」
「うん……なんか、可愛い」
「分かる。それ、すごく分かる」
二人で笑い合う。
欲しかった冒険をようやく手に入れて、心から楽しんでいる仲間の姿。その喜びが伝わってきて、こちらまで自然と嬉しくなってしまう。クロネがこんなふうに笑っているのを見ると、なんだかとても愛おしい。
「二人とも、どうしたんだ? もしかして、戦い方を考察しているのか?」
動かない私たちを不思議そうに見て、クロネが小首をかしげて近づいてきた。その仕草ひとつとっても、どこか嬉しさがあふれていて、微笑ましい気持ちになる。傍にいるだけで、ワクワクした気持ちが伝わってくるのだ。思わず笑みがこぼれる。
「クロネが可愛いって思ってたんだよ」
「なっ……あたしが、可愛い?」
「うん。こんなに素直にはしゃいでいるクロネを見たの、初めてだもん」
「うっ……」
ぽつりと口にすると、クロネは分かりやすく動揺し、恥ずかしそうに視線を逸らした。普段は冷静で格好いいと思われている自分の姿とのギャップに、戸惑っているのだろう。
その反応がまた可愛くて、私とランカはつい目を合わせて笑ってしまう。
「クロネ、耳としっぽもすっごく分かりやすかったよ。嬉しいの隠しきれてない感じで。あの姿は可愛かったなー」
「そうそう。しっぽ、ぴょこぴょこ揺れてる。めっちゃ可愛い」
「ちょ、ちょっと! そんなに言うな!」
クロネは両手で耳を押さえ、しっぽを慌てて抑え込もうとするけれど……動きは余計にぎこちなくなって、ますます愛らしい。
「隠さなくてもいいのに。そんなクロネを見られるの、私たちだけなんでしょ?」
「うん。ランカたちの前だから見せてくれるんだよね? それって、すごく嬉しい」
「~~~~っ!」
クロネは顔を赤くして、とうとう何も言えなくなってしまった。気恥ずかしそうにマントで顔を覆い隠して、俯いてしまった。
その愛らしい姿に、私たちは思わず顔を見合わせて笑った。
「ほら、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。時々は、そういうクロネも見せてよ」
「……あたしは気にするんだってば」
「でも、今日は新しいクロネを知れた気がして嬉しいよ。もっといろんな顔を見せてほしいな」
「……そ、それは……見せない」
必死に体を縮こまらせ、耳としっぽを隠そうとするクロネ。その仕草ひとつひとつが、余計に可愛くて仕方ない。
私とランカは軽く袖をつまんで引っ張ってみるけれど、クロネは頑なに動こうとしない。まるで大切な宝物を守るみたいに、自分の可愛い部分を必死に隠そうとしているのだ。
でも、そうやって隠そうとする姿さえ、やっぱり尊い。
「ほんと、可愛いよね。ね、ユナ?」
「うん。耳としっぽを隠しても、余計に可愛いだけだよ」
「な、なにそれっ……! そんなこと言われても、全然嬉しくないし!」
クロネは顔を真っ赤にして、必死にしっぽを背中に巻き込む。けれど耳の先がぴくぴく震えていて、その姿がまた可愛らしくて、私とランカは思わず目を細めてしまった。
「……あーもう! 二人してからかわないで!」
「からかってないよ。ほんとにそう思ってるんだって」
「うん。クロネは普段かっこいいけど、こうやって無邪気な顔を見せてくれるの、すごく嬉しい」
私とランカが真剣な声で言うと、クロネの顔がさらに赤く染まる。照れ隠しのためにそっぽを向いたけど、そのしっぽは小さく揺れていて――。
その一瞬の仕草に、顔が緩んでいくのが分かった。私たちは今、この尊い瞬間を共有している。仲間だからこそ見られる、クロネの隠された可愛さ。
「……そんなことを言うのなら、あたしだって」
「へぇ、なんて言ってくれるのかな?」
「クロネが褒めてくれるの!? 褒めて、褒めて!」
小さく零したクロネは、意を決したように顔を上げ、私たちをじっと見つめた。
その真剣なまなざしに、胸がきゅんとする。クロネが何を言ってくれるのか、私とランカはわくわくしながら待った。
……けれど、沈黙。
しばらくしても、クロネの口から誉め言葉は出てこない。みるみる頬が赤くなっていく。
「クロネ……?」
「うぅ……」
焦りに揺れるその姿さえ可愛くて、私たちはつい笑みを浮かべてしまった。すると――。
「あ、あっちに……ま、魔物の気配! い、行くぞっ!」
ぷいっと顔を背けて、そそくさと駆け出してしまった。
「あっ、逃げた!」
「もう、クロネったら!」
分かりやすい言い訳と真っ赤な顔。恥ずかしさに負けて逃げてしまったクロネの後ろ姿が、なんだか面白い。
私とランカは顔を見合わせ、堪えきれず笑い合った。そして、置いて行かれまいと慌てて追いかける。
「待ってよ、クロネ!」
「誉めてくれるまで逃がさないからねー!」
仲間だからこその、尊くて可笑しいひと幕。笑い声と足音を響かせながら、私たちはクロネの後を追いかけていった。