119.目的地までは修行
「本当に……何から何まで感謝いたします。どうか受け取ってください」
男爵は深々と頭を下げ、掌の上にきらめく三枚の褒章メダルを差し出してきた。
私たちはそれを受け取り、数を確かめる。これで――合計九十枚。ずっしりとした重みが、ここまで積み重ねてきた歩みを実感させる。
「村を守るためには、オルディア様の像に祈ることが大切です。どうか、祈りを欠かさぬように」
「はい……。もう二度と村を危険な目に遭わせたくありません。村総出で、必ずオルディア様へ祈りを捧げましょう」
その力強い言葉に、胸の奥の不安が少し和らぐ。
「それなら安心です。それでは、私たちはこれで」
「どうか道中お気をつけて」
互いに深く頭を下げ、別れの言葉を交わす。背後から響いてくる村人たちの歓声に手を振り返しながら、私たちは村を後にした。
やがて村影が遠くに霞み、声が届かなくなったところで、私たちは足を止める。荷から取り出したホバーバイクに跨がり、魔力を流し込む。
ふっと浮き上がる感覚。次の瞬間、ホバーバイクは風を切って滑るように走り出した。
◇
「この先はどうなっているの?」
「地図によると、山岳地帯に入るみたい。それを越えれば、目的地のロズベルグ公爵領だね」
「山岳地帯……」
ランカの呟きに答えると、後ろに座っていたクロネがピクリと反応した。しっぽがユラユラ揺れて、私の背を軽く叩く。これは間違いなく嬉しがっている証拠。
「クロネ、嬉しそうだね。この先に何かあるの?」
「ある。山岳地帯には手つかずの魔物が山ほどいる。うじゃうじゃ、な」
なるほど。クロネが喜んでいる理由はそれか。……ということは、そこを通る以上、魔物との戦闘は避けられない。
「なあ、ユナ。少し滞在していかないか? ランカに戦う経験を積ませたい」
「ふむ……どうしようかな」
クロネが珍しく真剣に頼み込んできた。もちろん「ランカのため」という建前だけど、半分は自分の修行目的に違いない。その熱のこもった声音からも必死さが伝わる。
「ランカも経験積みたい! クロネのスキル技、すっごくカッコいいんだもん! ランカも使えるようになりたい!」
「……か、カッコいい?」
「うん! クロネの技、いつ見てもドキドキするくらいカッコいい! ランカもあんな風になりたい!」
「そ、そうか……」
ランカが目を輝かせて叫ぶと、クロネは姿こそ見えないが、しっぽがぱたぱたと忙しなく揺れている。これはもう、嬉しくて仕方がないときの反応だ。
「そうだな。ランカがスキル技を習得できれば、もっと強くなる。そうなれば、これからの戦闘で大きな戦力になる」
「やっぱり! スキル技を覚えれば、ランカは役に立てるんだね! だったら、絶対に滞在したい!」
「なあ、ユナ。ランカもこう言ってるし、どうだ?」
ふふっ、それで説得しているつもりなんだろうか。
「でもね、早くロズベルグ公爵領に着かないと、カリューネ教から守れなくなるかもしれないよ?」
「うっ、それは……」
「この国を守りたいから急ごうって言ってたの、クロネ自身だよね?」
「う、うぅ……」
わざと核心を突くと、クロネは反論できずに呻いて黙り込んだ。
「クロネ、頑張って! ユナを説得するんだよ!」
「だ、だけど……どう言えば……。ランカ、何かいい案は?」
「えっとね……強い敵に会う前に、負けないために強くなりたいとかどう?」
「それだ! ユナ! この先、どんな強敵が出てくるか分からない。そのときに負けないためにも、今ここで修行が必要なんだ!」
クロネとランカ、二人で必死に考えた説得の言葉。視線は真剣そのもので、隣にいるランカも大きな瞳でじっと懇願してくる。
ここまで真っ直ぐに見つめられてしまっては、さすがに勝てない。
「……分かった。数日だけ、山岳地帯で修行しようか」
「やったぁ!」
「よしっ!」
二人の歓声が同時に上がる。……まあ、こうなることは最初から分かってたんだけどね。
「クロネ、やったね! これで修行ができる! ランカ、もっと役に立てる!」
「ああ。……思いっきり鍛えてやるさ」
二人が嬉しそうに顔を輝かせて話し合う。その様子を見ていると、自然と胸の奥まであたたかくなる。
「ランカは絶対にクロネと同じスキル技を覚える!」
「そう簡単にはいかないぞ。あたしのスキル技はオリジナルだ。習得するには相当な修行がいる」
「へぇ、そんなにすごいんだ! でもランカは絶対に諦めない。だってスキル技を覚えたら、どんな強敵にも負けないでしょ? そうしたら、二人はもっと笑顔になるでしょ?」
「……ああ。ランカが強くなったら、あたしは本当に嬉しい」
「でしょ! だったらランカは強くなる。そして二人を喜ばせる!」
無邪気に拳を握るランカと、少し照れくさそうにしながらも認めるクロネ。お互いのことを真っ直ぐに思っているのが伝わってきて、胸がじんわりと熱くなる。
村では少しぎこちない空気になることもあったけれど――今はそんな影もない。ただ純粋に笑い合うこの時間が、とても尊く思えた。
きっと、これからの旅もこんなふうに、賑やかで温かい空気に包まれて進んでいくんだろう。晴天に恵まれた旅路には楽しい声が響き渡っていた。