118.オルディア様の仕事
教会に足を踏み入れると、そこには見覚えのある像が立っていた。カリューネ神をかたどった像だ。この村でも、すでにカリューネ教が広められているらしい。
「ある日、突然役人がやってきてな……オルディア様の像を壊して持ち去ったんじゃ。そして代わりに置かれたのが、このカリューネ神の像だった」
「……やはり、ここでも強引に」
「他の村でも同じようなことが起こっておるのか?」
「ええ。どこでも同じやり方です。カリューネ神を信じろと無理強いして、人々の信仰を無理やり塗り替えているんです」
「わしらはずっとオルディア様に祈りを捧げてきたのに……」
男爵は深いため息をつき、沈んだ顔を見せた。
「それからじゃ、村の周りに魔物が増え始めたのは。信仰が足りんのかと思って、皆で必死に祈ったんじゃが、何の効果もなかった」
「やはり……。どうやらカリューネ神に祈っても加護は得られないようです。魔物は増える一方で、村を襲う事件まで起きているみたいです」
「な、なんと……! では、わしらの祈りは……全部、無駄だったというのか……」
男爵は肩を落とし、絶望の色をにじませた。
やはり、この村でも同じだ。カリューネ神に祈っても加護は働かず、魔物の脅威は広がっていく。このままでは村は滅びかねない。
けれど、私はそうはさせない。
「この像を撤去して、オルディア様の像を戻しましょう。そしてもう一度、村人たちで祈りを捧げるんです。きっと以前のように、平和な日々を取り戻せます」
「……本当に……? それができるのか?」
「はい。必ず」
「……ありがたい。どうか頼む。あの像を片づけて、オルディア様の像を建てて欲しい」
男爵の了承は得た。もうカリューネ教に遠慮する必要はない。村を守るため、ここから正しい信仰を取り戻すのだ。
私はカリューネ神の像に魔力を纏わせ、ゆっくりと宙に浮かせた。その巨体がきしみを上げながら持ち上がる。教会の外まで運び出すと、広場の中央でさらに魔力を圧縮し、一気に解き放つ。轟音とともに像は粉々に砕け散り、ただの瓦礫へと変わった。
これで、教会は清められた。
中へ戻ると、空いた空間に両手をかざし、魔力を凝縮させていく。オルディア様の御姿を心に描き、細部まで思い描く。威厳ある表情、優しき眼差し、村を包み込むような御手。イメージが完全に固まった瞬間、魔力は物質へと変わり、光をまといながら像が形を取っていった。
やがて、そこに立っていたのは懐かしくも力強い、オルディア様の像。
「おお……! なんということじゃ……! こんなに早く、しかも完璧な姿で……!」
男爵は驚きと感動に声を震わせた。
だが、まだ終わりではない。ただ像を作っただけでは足りない。この像に、オルディア様の力を降ろさなければ。
私は静かに像の前へ進み出る。胸に手を当て、深く頭を垂れた。
オルディア様、いますか? オルディア様……。
『ちょっとちょっと! なによこの展開! ここは絶対に違うでしょ!? ……くっ、仕方ない、お告げの力を使って私が書き換えるしか!』
……今度は何してるんですか?
『見ての通り、小説を読んでいたんですよ! で、展開があまりにも気に入らなくて……。ほら、私が考えた展開の方が絶対おもしろいに決まってるじゃないですか! だから、お告げを使って――』
いやいや、仕事はどうしたんですか。
『し、仕事ですか!? あ、あれはですね……その……信仰が集まらないから、自然と仕事が減っちゃってですね! で、暇な時間が増えて……人間をもっと理解しようと、仕方なく小説を読んでいたんです! これは勉強です! むしろ立派です! ええ、立派なんです! ……ああ、でもほんとは普通の仕事もしたいなぁ。私の像もどんどん減っちゃうし……これはもう、どうしようも――』
像なら作っておきましたよ。
『…………へ?』
オルディア様の像です。ちゃんと祈れるように設置しましたから、管理をお願いします。
『………………あっ』
良かったですね。普通の仕事が戻ってきましたよ。泣いて喜んでいいんですよ?
『うっ……うぅっ……うれし……うれしいですぅぅ……!』
全く……。私ばかりがオルディア教のことで動いている気がするんですけど。オルディア様は一体、何をしていたんですか?
『だってぇ、だってぇ……。信仰が減ると、私の仕事も減っちゃうんですぅ。だから暇な時間が出来て、それがもう嬉しくて! つい他のことがしたくなっちゃうんですよぉ』
……もしかして、以前のオルディア様って、社畜っぽい感じだったんですか?
『まぁ、似たようなものでしたねぇ。毎日毎日、祈りを受けて、加護を配って、トラブル処理して……。あっ! 今ユナから親近感が伝わってきましたよ!? どういうことですか!? もしかして、私に共感してるんですか!?』
い、いや、そんなつもりは……。
『むふふー! ユナから共感をもらえるなんて! いやー、これは嬉しい! うふふふ! もっと言ってもいいんですよ? 「頑張りすぎてたんですね」とか、「オルディア様も苦労してたんですね」とか!』
……いや、それは……。
『あぁ~、今の私、完全に「親近感マシマシ」のオルディア様ですね! どうですか!? これで信仰度が上がっちゃうかもしれませんよ!? あぁ、ユナに「分かるよ、その気持ち」って言われたい! ねぇねぇ、言ってください! ほらほら!』
い、言いませんよ!
『ふふっ……でも、嬉しいんですよぉ。今までずっと、「厳かで遠い神様」って思われがちでしたけど……ユナにとっては、ちょっと身近に感じてもらえたってことでしょう? むふふー! もぉ、可愛がってくれていいんですよ! ごろごろーって頭なでてほしい!』
オルディア様にはもふもふがないので、そのつもりはありません。
『ふ、振られたー! うわーん!』