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113.村の歓迎

「あのヘドロスライムたちを、もう倒したのか!?」

「はい。残らず全て倒しました。それに、川が汚れないよう後処理もしてあります」

「おぉ、なんということじゃ! これで村が救われた! 本当にありがとう!」


 討伐を終え、私たちは足早に村へ戻り、男爵へと報告した。話を聞いた男爵は、目を見開き、そして満面の笑みを浮かべて手を取ってくる。


 その笑顔には、心の底から安堵した色があった。私たちがやったことが、確かに誰かの生活を守ったんだ――そう実感する瞬間だ。


 胸の奥がじんわりと温かくなる。やっぱり、感謝されるのは嬉しい。あぁ、冒険者になって良かった。この勢いで、もっとたくさんの困っている人たちを助けていこう。


 ふと隣を見ると、クロネは満足そうに小さく頷いていた。けれど、その隣のランカは――どこか戸惑ったような表情をしている。クロネの反応は分かる。でも、ランカはなぜ?


「ランカ、どうしたの?」

「えっ!? ……う、うん。なんか、その……感謝されるの、初めてだから。どうしたらいいのか分からなくて」


 おずおずと答えるランカの声は、小さく震えていた。


 そうか……スラムで育った彼女は、人から真っ直ぐな感謝を向けられることなんて、きっとなかったのだ。だから、その受け止め方も分からないのだろう。


「この男爵様はね、村を救ってくれた私たちに感謝してるんだよ」

「そ、それって……どういうことなの?」


 ランカが首を傾げる。私は少し考えてから、ゆっくりと言葉を選んだ。


「感謝っていうのはね……誰かがしてくれたことを、自分のためにやってくれたって心から思ったときに生まれる気持ちなんだ。『助けてくれて嬉しい』『守ってくれてありがとう』っていう、温かくて大事な感情」


 ランカの視線が、そっと男爵の方へ向く。


「それって……ランカたちが、誰かの役に立ったってこと?」

「そう。しかも、すごく大きな役に立った。だから、胸を張って受け取っていいんだよ」


 ランカはしばらく黙っていたが、やがて小さく、ほんの少しだけ笑った。


「……なんか、悪くないかも」

「でしょ?」

「でも、ランカは……」


 だけど、最後は表情が暗くなった。何か気になる事があるのだろうか? 気になって尋ねようとしたところ――。


「そうじゃ! この事を村人に伝えなければ! お三方も一緒に着いてきてくれんかの? 村人に紹介しなくては!」

「そ、そんな! 紹介なんてしなくてもいいですよ!」

「いいや、村を救った人の顔が知らないのは問題じゃ! さぁ、行くぞ!」


 男爵は張り切って声を上げ、私の手を引っ張った。流石にその手は振りほどけなかったから、私たちは男爵に連れられて屋敷を出て行った。


 ◇


「この子たちが、あのヘドロスライムを討伐してくれたんじゃ!」


 男爵は村の広場に人々を集め、胸を張って私たちを紹介した。


「他の冒険者には成しえなかったことを、この者たちは成し遂げてくれた! お陰でこの村は救われたんじゃ!」


 その声はよく通り、広場全体に響き渡る。すると、村人たちは一斉にざわめき出した。


「なんだって!? あの、ヘドロスライムの山を全部倒したのか!?」

「本当に……? だったら、川は元に戻るのかしら!」

「じゃあ、この鼻が曲がるような匂いともお別れか!」


 最初は信じられないといった顔ばかりだった。しかし、その表情が次第にほどけ、驚きは喜びへと変わっていく。


 やがて――一人の女性が、涙を浮かべながら駆け寄ってきた。


「この子たちが……討伐してくれたのね。本当に、ありがとう……!」


 その声をきっかけに、感謝の言葉が次々と溢れ出す。


「これで、普通の生活ができる……! ありがとう、ありがとう!」

「僕と同じくらいの歳なのに……すごいや!」

「神様が遣わしてくれたに違いない……!」


 村人たちはワッと私たちを囲み、次々と両手を握ってくる。大きく荒れた手、小さく震える手、その一つひとつから心からの感謝が伝わってきた。


 頬を伝う涙を拭いもせず笑顔を見せる者、声を詰まらせて言葉にならない者。その温かい光景に、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 私たちが勝ち取った平和が、そこにあった。


 穏やかな笑顔を浮かべる村人たちの姿を見ていると、胸の奥に熱いものが広がっていく。嬉しい――その一言では到底足りない。もっと大きくて、温かくて、言葉にできない感情だ。


 同時に、誇らしさも込み上げてくる。


 それは「自分が村を救った」という自己満足ではない。仲間の二人が、こんなにも多くの人から感謝されている――その事実が何より嬉しい。


 クロネとランカがいなければ、この勝利は決してなかった。だからこそ、私よりも二人を褒めてほしい。今は、それを存分に叶えてくれる瞬間だった。


 気になって二人に視線を向ける。

 クロネはマントの裾を引き上げ、顔の半分を隠している。相変わらず照れ隠しが上手だ。けれど、後ろで揺れるしっぽが、クロネの隠しきれない喜びを物語っていた。


 そして、ランカは――戸惑いの色を浮かべていた。


 どう反応していいのか分からない、そんな顔。次の瞬間、俯いてしまい、表情が影に隠れる。落ち込んでいる……というより、心の整理がつかないといった様子だ。


 さっきもそうだった。ほんの些細な仕草なのに、なぜか目を離せない。ランカは何を思っているの?

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― 新着の感想 ―
いや、洗脳・移動中にそういう小細工していたのでは? 通りかかった村にワイバーンが襲撃していた訳ですから『加害者側』だった可能性も ???「まぁ事実だったとしても気にする必要はないがな」 ???「その年…
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