110.汚染された川(1)
ホバーバイクを走らせ、川上へと向かっていく。進むにつれて水の濁りは増し、鼻をつく悪臭が強くなっていった。
「……酷い匂い。吐きそう」
「あぁ、これはキツいな」
鼻の利く獣人の二人は、眉間に深いしわを寄せている。本当に辛そうで、このまま進めば体調を崩しかねない。
そんな不安を抱いていると、川の上流に家々が見えてきた。やはり村があったのだ。私たちは村の外れまで近づくと、ホバーバイクを降りてマジックバッグにしまい込む。
足を踏み入れた村の中は静かだったが、ほどなくして三人組の村人と出会った。彼らは道端で肩を寄せ合い、深刻そうに話し込んでいる。
「男爵様、どうなさるんだろうな……せっかく冒険者を雇ったのに、失敗したなんて」
「もっと腕の立つ冒険者を呼ぶんじゃないか?」
「でも、この辺りにはそんな人いないだろ。遠くの町まで探しに行くしか……」
村人たちの話は、どうやらただ事ではなさそうだ。けれど、その表情には困惑と不安が色濃くにじんでいる。なら、力になれるかもしれない。そう思った私は、ためらわず歩み寄った。
「こんにちは。……もしかして、川のことでお困りなんですか?」
「ん? あぁ、そうだが……君たちは?」
「偶然ここに立ち寄った冒険者です。もしよければ、状況を教えてください。お力になれるかもしれません」
「冒険者……? 本当に?」
村人たちは半信半疑といった目を向けてきた。そのとき、クロネが一歩前に出て、腰から提げたタグを見せつける。
「これでもBランクの冒険者だ」
「えっ……Bランク!?」
「……本当だ。前に依頼した冒険者よりもランクが高い!」
「これは……まさに天の助けだ! ぜひ男爵様に会ってくれ!」
冒険者タグを確認すると、村人たちの態度は一変した。さっきまでの警戒が嘘のように、喜びと期待を込めた手で私たちの背を押し、男爵の屋敷へと案内してくれる。
◇
「お嬢ちゃんたちに頼むのは心苦しいが……どうか、この村を救ってはくれないか」
初老の男爵は、深く頭を下げた。
村人に案内されて屋敷へ入ると、すぐに私たちは男爵に引き合わされた。最初、男爵は私たちが子供の冒険者だと知るなり、「危険だから村を離れなさい」とやんわり諭してきた。
しかし、冒険者タグを見せ、力になりたいと伝えると、男爵はため息をつき、申し訳なさそうに事情を語り始めた。
「実は……川の上流でヘドロスライムが大量発生しておる。いつもなら一匹、二匹見かける程度なのだが、ここ最近になって急に数が増えてな」
川が汚染された原因は、そのヘドロスライムという魔物の異常発生にあったらしい。
「どうして急に増えたんですか?」
「それが、はっきりとは分からん。ただ、最近はあちこちで魔物の数が増えているという噂を耳にする。この村も、その影響を受けたのかもしれん」
魔物の増加はこの村だけの問題ではなく、町へ続く街道や周辺の集落でも同じ現象が起きている。そう男爵は重々しく付け加えた。
村に着くまでの道中、私たちは何度も魔物と遭遇した。人の往来があるはずの街道なのに、出会う頻度があまりにも多い――そうクロネが教えてくれた。
昔はこんなことはなかったと、クロネは言う。ここまで魔物の数が増えた原因は、やはりあれしか考えられなかった。
「……もしかして、この村もオルディア教からカリューネ教に改宗したんじゃないですか?」
「あぁ、そうだ。国から役人が来て、否応なくそうせざるを得なかったのじゃ」
「私たちが見てきた限りですが、カリューネ教には魔物を退ける力がないようです」
「な、なんじゃと……。いや、言われてみれば確かにそうじゃ。魔物の被害が増えたのは、カリューネ教に変わってからのことじゃった……」
やはり、この村でも改宗の影響が出ているようだ。
「この騒動が落ち着いたら、オルディア教の像を建て直しませんか? そうすれば村は元の平和を取り戻せると思います」
「そんなことが……本当に可能なのか? それなら、ぜひ頼みたい。以前のような村に戻ってほしいのじゃ」
「分かりました。ヘドロスライムを討伐した後、オルディア教の像を建てましょう」
「何から何まで……申し訳ない」
男爵は深々と頭を下げた。
「では、私たちは川の上流へ向かいます」
「気を付けるのじゃぞ。数は千にも迫るという話だ」
「大丈夫です。私たちは万の敵を相手にしたこともありますから」
「……なんと。さすがBランクの冒険者じゃな。期待しておるぞ。健闘を祈る」
男爵様の力強い言葉を貰い、私たちは屋敷を出て、川の上流へと向かった。