表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/123

109.朝の一幕

「《迅雷双刃》!!」


 クロネの叫びと共に、双剣が閃いた。瞬間、稲妻のような斬撃が空気を震わせる。爆発にも似た衝撃波が辺りに轟き、周囲の草木が風圧でざわめいた。


 だが――その一撃は、真っ正面から受け止められていた。


 灰色の毛並みが風になびく。猛獣の如き気迫を纏ったランカが、獣化した姿で立ちはだかっていた。鋭い爪でクロネの双剣を受け止め、その目は闘志で煌めいている。


 ビリビリとした空気が止み、張りつめた静寂が訪れる。


「……くっ、ランカ……やるじゃない。あたしの《迅雷双刃》を止めるなんて」

「っぶなかったー……ほんと、クロネは容赦ないよっ!」


 肩で息をしながらも、ランカは笑みを浮かべる。その瞳には、まだ闘志が燃えていた。


「なら、今度は――こっちの番だよ!!」


 ランカの足元が一瞬にして沈み、爆発的な勢いで跳躍する。その身体がブレるほどの速度で、爪がクロネへと迫る。


「このスピードについてこれるかな!?」

「――言うじゃないか」


 火花のように衝突するふたり。鋭い刃と獣の爪が空中で何度もぶつかり、周囲に火花を散らす。鋼の音と獣の咆哮が響き渡り、戦場は再び熱を帯びていく。


 正直、二人の動きは目で追えなかった。


 地面を抉る衝撃、空中で交差する閃光。ただ、それだけで二人の凄まじさは十分に伝わってくる。まるで目の前で稲妻がぶつかり合っているような迫力。これが本気の戦いなんだ、と息を呑んだ。


 ……だけど。


「ねぇ、そろそろ朝の修行、終わりにしない?」


 ふたりが激しくぶつかり合うその横で、私はぽつりと声をかける。お腹が――限界だ。


 ぐぅぅぅ~~~。


 まるで抗議のように鳴るお腹の音。本人の意志とは関係なく、腹の虫が存在を主張してくる。


「私たち、まだ朝ごはん食べてないよ?」


 戦場さながらの訓練の隣で、私は空腹という名の戦いを繰り広げていた。


 ◇


「もう、ふたりとも朝から元気すぎだよ〜……」


 ホバーバイクを軽快に走らせながら、私は小さく文句を漏らす。まだ身体が完全に目覚めていないこの時間に、あのふたりは容赦なく全開なのだ。


 とはいえ、これには理由がある。


 今後、もしカリューネ教と対立するような事態になれば、戦闘は避けられない。だからこそ、まだ戦いに不慣れなランカのために、朝の修行を取り入れたのだった。


 ランカ自身、「みんなの役に立ちたい」と言って、誰よりもやる気を見せている。毎朝、まだ日も昇りきらない時間に自ら起きて準備を始める姿は、正直ちょっと尊敬してしまう。


 ……が、問題はクロネだ。


 ランカの獣化による身体能力が、並外れていると察したクロネの闘志に、見事に火がついてしまった。


 「これは自分の修行にもなる」と言って、完全にスイッチが入ってしまったのである。


 その結果、張り切る修行組がひとりからふたりに増え、朝から戦場のような騒がしさになってしまった。


 ……活気があるのはいい。とてもいい。でも、そのせいで旅がちっとも進まないのは――やっぱり困るんだよなぁ。


「遅れてるなら、もっとホバーバイクを飛ばせばいいさ。さすがユナ、操作も完璧だしな」

「ほんとほんと! ユナの運転、安定してて速いよね! これならランカたちの遅れもすぐ取り戻せそう!」


 ……困るんだよなぁ。


「ユナって、ほんと何でもそつなくこなすよな。運転も、判断も、落ち着いてて……頼りになる」

「うんうん、私たちが慌ててても、ユナがいるだけで安心しちゃうんだよね~」


 ……もう!


「仕方がないから、朝は少し修行の時間を取ってもいいよ」

「ユナは分かるヤツだと知っていた」

「流石、ユナ!」


 二人の明るい声を聞くと、嬉しい気持ちが膨れ上がる。まぁ、仕方がない。遅れは私の操縦で取り戻せばいいんだし。


 ホバーバイクの速度を上げて道を進んでいく。気持ちのいい風が吹き付けて、雑念が消えて、心が軽くなる。どこへでもいけそうな気持ちにさせてくれる。


 その時――。


「……なんだ、この匂い」

「変な匂いがする。生臭いような……腐ったような……」


 突然、クロネとランカが顔をしかめ、鼻を押さえた。私は特に何も感じなかったので、思わず聞き返す。


「へ? 匂い? 全然わからないけど……」

「ユナ、あっちの方角。道から逸れて向かってくれ。何か、ただ事じゃない気がする」

「うん……嫌な匂いがする。すごく濃いの」

「……わかった。気をつけて進むね」


 二人の真剣な様子に、私はすぐ判断を切り替え、ホバーバイクの進路を変える。しばらく走ると、風の流れが変わったのか、私の鼻にもその異臭が届いてきた。


「……うっ、これは……確かに、ひどい匂い」


 腐敗と薬品が混ざったような、鼻の奥を刺激する不快な臭気。原因を突き止めるため、バイクをさらに進めていくと、前方に一本の川が現れた。


 だが、近づくにつれて、その川の異常さが目に飛び込んでくる。流れる水は赤茶色に濁り、表面はドロドロと泡立ち、川とは思えない不気味な様相を呈していた。


「……これ、ひどい……水じゃないよ、もう」

「腐ってる……いや、ただの腐敗じゃない。魔物の匂いが混じってる」

「えっ……魔物? じゃあ、これって……」

「うん、多分……川の上流かどこかに、魔物が潜んでるんだよ」


 川を汚す魔物がいる?


「この先から、人の匂いもする」

「村があるんじゃないか?」

「あぁ、そうかも」


 川上には村があって、魔物がいて……。これはただ事ではない。


「気になるから、行ってみない? もし、困っている人がいたら三人で助けようよ」

「そうだな、良いと思う」

「賛成!」


 話は決まった。私たちはホバーバイクに乗り込み、川上に向かって走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ