106.仲間が増えた!
「でも、驚いたよ。今回の件がスウェンの独断じゃなかったなんて」
落ち着きを取り戻したランカが、ふと別の話題を口にした。
「てっきり、スウェンの行き過ぎた信仰心が原因で、町中を洗脳しているんだと思ってた」
「ああ。だが、どうやらカリューネ教の上層部からの指示だったようだ」
スウェンが個人の暴走で町を支配していたと思われていたが、実際にはもっと根深い問題だった。
彼は取り調べで、カリューネ教の上層部から直接命令を受けていたと自供している。つまり、教団の影響が及んでいる場所では、同じような洗脳がすでに広がっている可能性があるのだ。
「それにしても、あっさり話したよね。もっと隠そうとするかと思ってたのに」
「……逆に、知られても構わないって態度だった。怖いくらいに」
「本当のことを明かしても、焦らないのが不気味だよ」
何より不可解だったのは、スウェンがあまりにも素直にすべてを語ったことだった。取り調べは驚くほど順調に進み、カリューネ教の悪行が次々と明らかになっていく。
知ったからこそ、思うことがある。話が、あまりにも大きすぎた。
「きっとスウェンは、たとえ私たちが真実を知ったとしても問題ないと思ったんだよ」
「どうして?」
「これは、国の中枢が指示して進めてることだから。末端の私たちには、どうにもできないって思われてたんだ」
話を聞いたランカは少しだけうつむいた。
「でも……この町の子爵様は?」
「子爵様も言ってたでしょ? 地方の子爵程度じゃ、どうにもならないって。それくらい、この件は根深くて大きいんだよ」
改めて考えれば考えるほど、私たちはあまりに無力だった。この後、公爵家に協力を求めに行くつもりだけど……果たして、そんな危険な真実に耳を傾けてくれる人が、どれだけいるのだろう?
分の悪い賭けをしている気がしてならなかった。
――だけど。
「この国がこんなふうになってるのを見過ごせない。どんな手を使ってでも、カリューネ教を止めなきゃ」
今の国教の状況は不健全だ。人の信仰を無理やり集めるのは、正しい形ではない。
「もしカリューネ教が、信仰を集めるために人々を洗脳してるんだとしたら――そんなの、絶対に許しちゃいけない。信仰っていうのは、誰かに押しつけられるものじゃない。自然と心に根づいていくもののはずだよ」
カリューネ教のやり方を真っ向から否定した。そして、それを変えなければならないと、はっきり口にする。
「――だから、私はやる。何があっても、絶対に」
握りしめた拳がわずかに震えているのは、恐怖でもためらいでもない。湧きあがる覚悟と、燃えるような怒りの熱だ。
「そのためなら……どんな困難だって、乗り越えてみせる。誰かの後ろに隠れてるだけじゃ、何も変えられないから」
誰かが苦しんでいるのを見過ごせない。ランカのような人を増やしたくない。そんな正義の心が熱く燃え上がった。
すると、クロネがおもむろに口を開く。
「あたしも行く。ユナと一緒に、カリューネ教を止める。国を救って、困っている人を助けたい」
「クロネ……でも、これは大変なことだよ。危ないし、苦しいことも……」
「そんなこと言わないでくれ。あたしたち、ここまでずっと一緒だったじゃない。だったら、最後まで一緒に行こう」
一人で全部背負おうと思った心に、クロネが真っ直ぐな気持ちをぶつけてくる。
「……本当にいいの? 辛いことも、きっとたくさんあるよ」
「うん、それでも平気。どんと来い! だって、あたしたちは――友達でしょ?」
「……うん!」
クロネは照れ臭そうにいった言葉に心が温かくなる。嬉しくなって私は笑顔で頷いた。
よし、気持ちを新たにしていかなくちゃ。そう思った、その時だった――。
「だったら……ランカも、一緒に行く!」
突然の申し出に、私とクロネは思わず顔を見合わせた。
「でも……ランカは、今回の件とは直接関係ないでしょ?」
「関係、あるよ。だって……巻き込まれたのは事実だし、それに……」
ランカはぐっと拳を握りしめて、まっすぐに私たちを見つめてくる。その瞳には、もう迷いなんて微塵もなかった。
「もし、ランカみたいに苦しんでる人が他にもいるなら……放ってなんておけない! 今のランカは、もうあの時のままじゃいられないから!」
「……きっと、大変なことになると思う。それでもいいの?」
私がそう問いかけると、ランカは小さく頷いた。
「うん。覚悟はできてる。……それに、ユナとクロネには、助けてもらった恩があるから。その恩を……ランカも返したい。ランカのこの力――今度は、二人のために使わせてほしいの」
その言葉はまっすぐで、あたたかくて――思わず胸が熱くなった。
「二人がここまでしてランカを助けてくれた。その気持ちが本当に嬉しかった。だから、ランカも役に立ちたい。二人のために一緒に行かせて!」
ランカはまっすぐにこちらを見つめ、その瞳に揺るぎない決意を宿していた。その気持ちの強さに、胸の奥がじんと熱くなる。
「……分かった。ランカも一緒に行こう」
「……ほんとに……?」
震える声で問い返すランカに、クロネが優しく微笑む。
「ランカの想い、ちゃんと届いたよ。そんな真っ直ぐな気持ちを、無下になんてできない。なあ、ユナ」
「うん。私も、ランカが一緒にいてくれたら、すごく心強いって思う」
私とクロネが頷くと、ランカの瞳に大粒の涙が浮かび、それがぽろりと頬を伝って落ちた。
「よ、よかったぁ……! ダメって言われたら、もう……どうしようかって……!」
そのまま私たちにぎゅっと抱きついてきたランカ。震える腕でしがみつきながらしっぽをぶんぶんと振って、言葉よりもずっと雄弁に嬉しさを表していた。
――このぬくもりが、愛おしい。この仲間となら、どんな道でも歩いていける。そんな確かな絆を、私は感じていた。
第三章、完。
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