104.今後の動き
町の住人を洗脳していた商会と教会関係者は摘発され、同時に住人たちの洗脳も解けた。
カリューネ教の悪行が白日の下に晒されると、教会からは関連するすべての物品が撤去、廃棄された。代わって、かつて信仰されていたオルディア教の教義と装飾が戻り、オルディア教の神官たちが新たに教会を任されることとなった。
こうして、人々は本来の信仰を取り戻し、心の安らぎを得ることができた。しかし、事態はそれだけで収束するほど単純ではなかった。
◇
「今までの調査結果を伝えよう」
ダランシェ子爵が私たちを呼び出し、静かに口を開いた。
「カリューネ教が信者を増やすために洗脳を行っていたことは、すでに知っているな。その洗脳は――この町だけにとどまらないようだ」
「えっ……そうなんですか? 以前、カリューネ教が広まっていた町を見た時は、普通に見えましたけど……」
「どうやら、地方ではまだ洗脳の影響はほとんど出ていないらしい。問題は中央地方だ」
「中央地方……」
クロネが悔しそうに顔をしかめる。彼女の生まれ育った土地が、カリューネ教の洗脳に蝕まれていたと知り、胸に去来するものがあったのだろう。
「今の中央地方は、ほぼカリューネ教の支配下にある。すべての始まりは、公爵家を騎士団長バルガが実質的に掌握したことだ。彼は教皇と深い繋がりを持ち、今では完全にその傘下にある」
「バルガの奴……あたしが暮らしていた場所で、そんなことを……!」
「今や中央地方は、教皇の手中にあると言ってもいい。だからこそ、カリューネ教が急速に勢力を広げているのだ」
国教の教皇が、土地の実権まで握っているという異常事態。これは、到底見過ごせるものではなかった。
本来、国を守るべき立場にある騎士団長が教皇と結託しているとなれば、もはや国を守っているとは言えない。
カリューネ教は、表向きは信仰を掲げながら、裏では国家の中枢にまで影響を及ぼし、ゆっくりとその毒を広げていた。
皇帝が立ち上がれば抑えられるかもしれない。だが現実は、教皇とバルガが皇帝の弟を担ぎ上げ、反旗を翻している状況。
そのせいで、皇帝の権威は大きく揺らぎ、もはや国内をまとめる力を失いつつあった。今の皇帝は、自らの王座を守るのに手一杯なのだ。
「私は、地方の子爵に過ぎない。正直、この問題をどうにかできる力はない。せいぜい、自分の町を守るのが精一杯だ」
「そんな……」
「私だって悔しい。何もできずに、国がゆっくりとカリューネ教に侵食されていくのを見ているしかないなんて……。だが、国の中枢はもう頼れない。今の状況では、教団を止める術がないんだ」
カリューネ教がもたらす数々の歪み。それに対処する力も手段も持てないという現実――それはあまりにも歯がゆく、悔しいものだった。
でも、この問題を放置するわけにはいかない。このままでは、国そのものが崩壊してしまう。どうにかして、打開策を見つけないと。
「……いや、まだ頼れる人がいる」
その時、不意にクロネが口を開いた。
「頼れる人? それは一体……?」
「地方の公爵家たちなら、この問題に対抗できるはずだよ」
「……なるほど。その手があったか。確かに、地方の公爵家なら国の中枢にも意見できる。複数の公爵家が結託すれば、十分に力になるかもしれない」
地方の公爵家は、それぞれが強い権威と影響力を持っている。その独立性を逆手に取れば、中央に根を張るカリューネ教にも対抗できる可能性はある。
「だが、彼らも自領の統治に手一杯なはずだ。本当に動いてくれるだろうか?」
「それは……分からない。でも、国全体が危機に瀕していると知れば、きっと無視はしないと思う」
「いや、逆に国の危機だからこそ、独自に動いて領地ごと独立国家を名乗る可能性もある……」
「それは……そんなことを考えている人がいないことを願うしかない」
二人の顔に、重たい影が差す。
いくら地方の公爵家といえども、思惑や立場はそれぞれ異なり、一筋縄ではいかないことは明白だった。
「とにかく、私はある公爵家と面識がある。だから、まずはその方にカリューネ教の実態を伝えて、協力を仰いでみる」
「面識がある方がいて本当に良かった……。私もこちらで独自に動いて、協力してくれそうな人物を探してみる」
「助かる。どうか力を貸してくれ。今こそ、国を守るために一致団結すべき時だ」
「もちろんだ。この問題を、見過ごすわけにはいかない」
国をどうにかしたい。その想いは、きっと誰の胸にもある。だからこそ、今こそ力をひとつにして、この国難に立ち向かわなければならない。
「公爵家への交渉は、君たちに任せるとしよう。そのための支援も用意してある。これを受け取ってくれ」
そう言って、子爵は家令に軽く合図を送った。
家令が静かに前に出てきて、美しい装飾の施されたトレーを差し出す。その上には、重みのある袋と、きらめく金属のプレートが並んでいた。
「旅の資金と、褒章メダル十五枚だ。本当に君たちには助けられた。改めて礼を言わせてくれ」
丁寧に頭を下げる子爵の姿に、私たちは思わず背筋を正す。そして、差し出された品を慎重に受け取った。
これで、褒章メダルは合計八十七枚。着実に増えてきている。手のひらの中で光るメダルが、これまでの努力を肯定してくれているようで、思わず胸が温かくなった。
「では、健闘を祈る」
子爵に激励された私たちはこの町を旅立つことになった。
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