103.摘発と解放
「警備隊だ! 住民に薬を盛って魔法で操っていた罪――すべて把握している! お前たち全員、逮捕する!」
鋭い声が響くと同時に、警備隊が重い扉を蹴破って教会の中へとなだれ込んだ。
「なっ、何のつもりだ!? ここは神聖なる――ぐっ!」
礼拝堂にいた神官の一人が慌てて詰め寄るが、すぐに屈強な警備兵に腕をねじ上げられ、床に組み伏せられる。背後には信者と思しき者たちがいたが、反応が薄い。その光景をぼんやりとした様子で眺めていた。
「抵抗するな! お前たちがやってきた非道はすべて証拠がある! 神の名のもとに罪を隠すことはできん!」
神官たちは次々と床に押さえつけられ、手枷をはめられていく。すると、教会の奥から豪奢な衣を纏った年配の高位神官が現れ、眉をひそめながら声を荒げた。
「これは教会への冒涜だ! お前たちに、ここに踏み込む権限など――」
「貴様たちが商会と共謀して、住民に薬を飲ませていた証拠はすべて押収済みだ!」
隊長の一喝に、年配神官の顔色がみるみる青ざめていく。その隙を突いて、別の警備兵たちがすぐにその身柄を確保した。
「うっ……わ、私は知らなかった……これは……私はただ、上からの命令に……」
「その上の人物はもう捕まえてある。たっぷり話を聞かせてもらおうか」
逮捕された神官たちは次々と礼拝堂に集められた。礼拝堂の荘厳な雰囲気が、急速に緊張と混乱の渦に飲み込まれていく。
礼拝堂周辺の神官たちを確保すると、今度は奥の扉が開け放たれた。
そこは教会の中枢。幹部たちの執務室が並ぶ静かな一角だった。その区域に、武装した警備隊が一斉に踏み込み、重い足音と共に扉が次々と開け放たれる。中では数人の神官が書類を整理していたが、予想外の侵入者に驚き、椅子を蹴って立ち上がった。
「な、なぜここに!? せ、洗脳は……!」
うろたえる神官の声に対し、隊長が一歩前に出て告げる。
「教会はすでに包囲済みだ。逃げ道はない。おとなしく投降しろ」
その言葉に我を忘れた神官たちが、慌てて裏口や通路に向かって駆け出そうとする。しかし、そのすべての出口にはあらかじめ配置された別動隊が待ち構えていた。
「ぐっ……くそっ……!」
次々に取り押さえられ、床に押さえつけられる神官たち。逃走は叶わず、最後の一人が確保されたときには、執務室一帯はすでに静寂に包まれていた。
こうして、教会中枢にいた神官たちは、すべて警備隊の手に落ちたのだった。
◇
正気を取り戻した子爵の一声で、商会と教会への摘発は迅速に行われた。まさか洗脳が解けるとは思いもしなかったのだろう。関係者たちは皆、信じられないといった顔を浮かべ、対応は後手に回った。
そのせいか、証拠の管理は杜撰そのもので、少し調べるだけで不正の痕跡が次々と明らかになった。薬の記録、不審な資金の流れ、住民への干渉の記録――ご丁寧に日記まで残していた者もいたほどだ。
彼らの処理は警備隊に任せて、私は私のやるべきことへと向かった。
教会の鐘を鳴らすと、洗脳された住民たちが次々に教会へと集まってきた。鐘の音に反応するように、表情のない顔でぞろぞろと歩くその姿は、まるで夢遊病者のようだった。
私の役目はただ一つ。彼らの心を、自由にすることだ。
町中の人々が集まり、あらかじめ仕込まれた行動を機械的に始めようとしていた。だが、もうそんな茶番は今日で終わりにしなければならない。
「……では、ユナ殿。頼みます」
子爵が静かに告げる。私はうなずき、住民たちの前へと歩み出た。
そして、首飾りを取り出し、それを空高く掲げる。
「――オルディア様、お願いします!」
私の声に応じて、首飾りの中からオルディア様の声が響いた。
『はーい……え、ちょ、ちょっと!? なにこれ!? すごい人数じゃないですか!? 無理無理無理っ、日を改めたほうが――』
「オルディア様っ! お願いします!!!」
『ひいぃ……ユナ、圧がすごい……。うぅ……でも、やればできる、やればできるっ! よぉーし……オルディアフラーーッシュッ!!』
少し情けない悲鳴と共に、首飾りからまばゆい光が放たれる。その光が広場全体に広がっていき、洗脳の魔法が、ひとつ、またひとつと静かに解かれていく。
魔法の影響が消えたのを確認すると、今度は私の出番だ。
私は体の奥底から魔力を絞り出し、それを浄化の力へと変換する。そして、手を広げ、その力を周囲へと解き放った。
浄化の魔力が空気のように町に満ち、薬によって縛られていた住民の意識を、やさしく、確かに解きほぐしていく。
さっきまで虚ろだった瞳に、徐々に生気が戻っていくのが見えた。誰かが深く息をつき、誰かが涙を流し、誰かが自分の手を見つめて震えていた。
「お、おぉ……動ける。自由に動けるぞ」
「こんな日が来るなんて……」
「本当に……解放されたのか?」
住民たちは初めこそ困惑していたが、徐々に体が自由に動くことを実感し、目に涙を浮かべながら互いに顔を見合わせる。そして――
「やった……やったぞ! 本当に解放された!」
「オルディア様、ありがとうございますっ!」
「……いや、違う。あの子だ! あの子が私たちを……!」
感極まった誰かがそう叫ぶと、一斉に人々の視線が私へと向けられる。驚きと歓喜が入り混じった目。希望を見つけたような、輝く瞳。
「あなたが、私たちを助けてくださったのですね!」
「小さな体で、こんなにも大きなことを……」
「ありがとう、ありがとう……!」
口々にそう言いながら、住民たちは私のもとへと駆け寄ってきた。涙を流し、膝をつき、感謝を伝える人もいる。誰もが心からの思いをぶつけるように、ひたすら私に礼を言い続けた。
こんなにも感謝されるなんて……少し照れくさい。でも、助けることができてよかった。私はそっと微笑んで、静かに頭を下げた。
「皆さんが無事で、本当に良かったです」
その言葉が届くと、再びその場に大きな歓声が巻き起こった。洗脳という鎖から解き放たれた人々の心に、自由と希望の風が吹き込んでいた。
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