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101.対スウェン(4)

 無数の猿の魔物――赤黒い毛並みに鋭い爪、唸り声とともに四肢で跳ね回り、こちらに殺到してくる。


 その前に立ちはだかるのは双剣を構えたクロネ、そして――解放されたランカだ。


「ランカ、遠慮はいらない! 好きに暴れろ! あたしが全部フォローする!」

「任せろッ! ――ウォォォンッ!!」


 ランカが空を震わせるような雄叫びを上げる。次の瞬間、その姿がかき消えた。


 ドンッ――!


 空気が破裂する音とともに、一体の猿の魔物が宙を舞った。裂けた胴体から血飛沫が弧を描く。


 それを合図にしたかのように、次々と魔物たちが空に弾け飛ぶ。


 左――中央――右端。ランカの動きは疾風のごとく、地面を蹴る音も、唸りも聞こえない。ただ、倒れる魔物の悲鳴と、肉が裂ける鈍い音だけが響く。


「本当に好き勝手に暴れているな!」


 クロネが叫ぶように呟き、双剣を構えて、同じようにフッと消えた。その瞬間――風が巻き起こり、次の瞬間には猿の魔物の集団に斬撃が奔った。


「残りは全部、叩き斬る!!」


 跳躍からの一閃。クロネの刃が魔物の首筋を正確に切り裂く。次の瞬間にはもう次の敵へと駆けている。


 ランカが突き崩し、クロネがその隙を突く。互いの動きを読むまでもなく、連携は研ぎ澄まされた牙のように冴えわたる。


 血と叫びが交錯する戦場で、二人の存在だけが異質に光っていた。


 クロネとランカの活躍を目の端で見届けながら、私はスウェンの動向に意識を集中させる。


 猿の魔物たちは、あの二人に任せておけば問題ない。だけど――スウェンの魔法だけは別だ。あれは明らかに、二人にとっても脅威になる。


 だからこそ、私は彼らが自由に暴れられる“場”を整える。そのために、スウェンを止めなければならない。


 さっき放った爆発魔法は、詠唱を中断させることには成功した。だが――彼の体は思ったほど傷ついていなかった。表面の焦げ跡こそ見えるものの、致命傷には程遠い。


 やっぱり……何かの防御魔法、だよね。


 瞬間展開型の魔法障壁、あるいは自動発動の結界か。どちらにせよ、あの男を倒すには、もっと強い攻撃が必要だ。


 でも、やみくもに強力な魔法を撃てば、周囲の建物や人々を巻き込んでしまう。それだけは絶対に避けなければならない。


 ならば――必要なのは、一点突破の力。


 余計な力を広げず、狙った一点にすべてを集約して打ち抜く。収束した攻撃で、スウェンの防御を貫くしかない。


 私は息を整え、魔力の流れを手のひらに集中させた。ここからは、私の仕事だ。


 二人がどんどん猿の魔物を排除していくと、スウェンの顔色が悪くなる。少しずつこちらが押している感じだ。猿の魔物にも限りがあるから、スウェンとしては猿の魔物が完全に排除される前に魔法で決着をつけたいと思っているはず。


 そうしている間にも、スウェンが再び詠唱を始めた。口元から滑り出す不気味な言語。どんな魔法を放とうとしているのかは分からない。けれど――このまま撃たせるわけにはいかない。


 私はすぐに魔力を手のひらに集中させる。周囲に拡散させるのではなく、ただ一点へと。強く、鋭く、貫くためだけの魔力。


 イメージは明確だ。あらゆる障壁を貫通し、核心を突き抜ける槍。この一撃で、必ず止める。


 魔力を収束しきった瞬間、私は腕を振り抜くようにして放った。


 閃光――それは光線のように一直線に走り、空気を裂いてスウェンへと到達する。


 ドンッ!


 鈍い衝撃音とともに、スウェンの肩を正確に貫いた。防御魔法が張られていたはずのその身体に、迷いなく突き刺さる。


「ぐっ……!」


 肩を撃ち抜かれ、スウェンの体がぐらりと揺れる。そして、唇の動きが止まった。


 ――詠唱、停止。


 よし、これで時間は稼げる。クロネとランカに集中させるための場が、今ようやく整った。


 二人の前に、もはや立ちはだかるものはいなかった。獅子奮迅の勢いで、残る猿の魔物はほんのわずか。だが、そのわずかな敵さえ、もはや勝負にもならない。


 怒涛の連撃。


 鋭い斬撃が空を裂き、肉を断ち、血煙を残して魔物を切り伏せる。反撃の隙すら与えず、残党は次々と地に沈んでいった。


 そして――沈黙。


 立っている魔物は、一体たりともいない。刻まれ、斬られ、屍となって転がる猿の魔物たち。その死屍累々の中心に、二人は静かに、しかし威風堂々と立っていた。


 無数の敵を、ほんの数分で屠ったその力。まさに、戦場に舞い降りた死神のようだった。


「くっ……援軍をっ!」


 スウェンがそう叫び、詠唱を始めようとした瞬間――私は光線を放った。鋭い閃光が走り、スウェンの横腹を貫く。


「ぐっ……!」


 呻き声と共に、スウェンの体がくの字に折れた。


「今! 二人とも、スウェンを拘束して!」


 すぐさま指示を飛ばすと、二人は迷いなく駆け寄り、倒れかけたスウェンを押さえ込んだ。もがこうとする腕を固め、逃げ場を与えない。


「くそっ、離せ! 私を拘束しても無駄だ! カリューネ教は止められないぞ!」


 必死の悪あがきのように、スウェンは吠える。けれど、もはやその言葉に重みはなかった。


 ――今はまだ、カリューネ教をどうするかなんてわからない。


 だけど、それでも私には、たった一つだけ確かなことがあった。


「あなたを止めれば、この町は救える。今は……それで十分だよ」


 少なくとも、この町の人たちを救えることができる。その手応えが、私の中に確かに残っていた。


 スウェンは、何も言い返せない。悔しさをにじませたまま、ぎゅっと唇をかみしめ、顔を伏せるだけだった。


 すべてが終わったわけじゃない。でも、始まりは確かに、ここにある。

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