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月下の静謀

洛陽・宰相府


宰相府の奥深く、重厚な書斎には未だ灯が落ちていない。

月影が障子越しに滲み、風に揺らぐ蝋燭の火が書棚に積まれた文書の影を震わせていた。


真紅の官服を纏った宰相・孫文景は、静かに筆を置き、目の前の巻物を見つめていた。

それは、陛下の診療報告書。

侍医長・陸桓の手による、詳細な経過記録だった。


「薬効は良好にして安定。おおよそ三年、あるいは四年の延命が見込まれる」


孫文景は沈黙の中、盃に酒を注ぎ、口を湿らせた。

その味は淡いが、喉奥に鈍く重く残る。


「……三年、いや、四年もか」


眉根がわずかに寄る。


(それほど生きられては困るな。こちらの策が熟しきる前に、他の動きが先に芽を出すかもしれぬ)


平成王が西方の領土を奪うまで、それほど待ってはくれまい。平成王が西方へ仕掛けてくるのを口実に、国の軍事力を奪う想定なのだ。


(ならば、陛下の命は……こちらで幕を下ろして差し上げねばなるまい)


毒か、過労か、病の悪化か。

誰もが納得する“自然死”の体を取りながら、確実に命を縮める手――それが必要だ。


孫文景はゆっくりと席を立ち、机の端に置かれた別の文書に目をやる。


それは、近日中に宮中で執り行われる予定の「皇太子・正室再迎えの儀」に関する草案だった。


皇太子は今年で二十歳。

正室・陳華は二年前の流行病で他界し、葬儀の後も、側室は一人だけで、政略結婚などの話も持ち上がっては立ち消えていた。


(いまこそ、空白を突く好機……)


孫文景の唇に、わずかな笑みが浮かぶ。


「霊芝を皇太子の正室に――この座に据えられれば、あとは私の王朝も同然だ」


娘・孫霊芝。教養も礼儀作法も申し分ない。

容姿も清楚で、控えめだ。


問題は――いかに“自然に”皇太子と出会わせ、心に残る印象を与えるか。


「折よく、明日は祭りがあるな。」


孫文景は盃を飲み干し、口元をぬぐった。


「陛下は静かに病み、皇太子は穏やかに霊芝を慕い、私は水面下で権力を握る」


満月が障子越しに滲んだ光を差し込む。


「……あとは、時が熟すのを待つだけだ。」


静かに蝋燭の火を吹き消したその瞬間、書斎は真の闇に包まれた。


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