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清廉潔白な官吏

翌日、無涯は早速動いた。


学舎で無涯は、長公主の侍女である小梅の姿を見つけると、そっと手招きした。人目につかない回廊の陰で、声を潜めて頼み事をする。


「小梅殿、実は頼みがあるのだが、明日の正午に駅館まで来ていただけないだろうか。玉栖という名の女官を連れてきてもらいたいのだが」


小梅は少し戸惑った様子を見せたが、無涯の真剣な表情を見て頷いた。


「承知いたしました。玉栖ならば、確かに存じております」


翌日、無涯は駅館の人気のない一角で待っていた。約束の時刻が近づくと、遠くから誰かが走ってくる姿が見えた。しかし、それは小梅一人だった。息を切らしながら、顔面蒼白で駆け寄ってくる。


「墨様!」


「どうしたのだ?玉栖殿は?」


無涯が尋ねると、小梅は震え声で答えた。


「玉栖は......玉栖は昨夜、急な病で亡くなったそうです」


「何?」


無涯は思わず大声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。


小梅は怯えたように無涯を見上げた。


「墨様、玉栖と何か関係がおありだったのですか?」


「いや、何でもない」


無涯は努めて平静を装い、小梅の肩に手を置いた。


「この事は誰にも言うな。長公主様にも内密に頼む」


「は、はい......誰にも言いません。約束いたします」


小梅は恐怖に震えながら、何度も頷いた。無涯は小梅を帰らせると、その場に立ち尽くした。


(これは......想像以上に危険で闇の深い事案だ)


玉栖の死があまりにも都合が良すぎる。


(方殿は一体何を探っているのだ?)


────


数日後、無涯は無塵への報告のため、刑部を訪れた。門をくぐると、中から怒号が聞こえてきた。


「息子が街中で複数人から暴行を受けたんです!相手は吏部郎中の息子たちです!」


庁舎の入り口で、みすぼらしい身なりの老夫婦が必死に訴えていた。父親らしき男は、腫れ上がった顔の息子を支えている。


しかし、刑部の員外郎たちは冷たい視線を向けるばかりだった。


「相手は宰相・孫文景様の甥御だぞ。身の程をわきまえろ」


「そうだ。とっとと出ていけ!」


員外郎の一人が、老婆を乱暴に押した。


「あっ!」


老婆は石畳に倒れ込んだ。無涯は反射的に駆け寄ろうとしたが、その時、外から凛とした声が響いた。


「何をしている!」


無塵が、部下二人を従えて入ってきた。彼は倒れた老婆を見るなり、すぐさま駆け寄って背中を支え、優しく起こした。


「怪我はありませんか?」


そして、押した員外郎を鋭く睨みつけた。

「貴様、今何をした?」


「い、いえ、その......この者たちが吏部郎中様を訴えようなどと」


員外郎が説明すると、無塵の顔が怒りで紅潮した。


「訴えに来た者を追い返すとは何事か!きちんと調書を取り、報告しろ!」


無塵は庁舎の中央に立ち、集まってきた部下たち全員に向かって声を張り上げた。


「お前たちは、自分の仕事が何か分かっているのか?正義を司る刑部の者が、権力に媚びへつらい、民を虐げるとは!」


「し、しかし相手は宰相の......」


「黙れ!」


無塵の一喝に、員外郎たちは縮み上がった。


「いいか、よく聞け。お前たちが今日食べた飯は、誰が作った米だ?その米を作っているのは、こうした民ではないのか?」


無塵は倒れていた老婆を指差した。


「お前たちの着ている衣は、誰が織った布だ?お前たちの給金は、元々誰が国に納めた税だ?全て、民あってのものだろう!」


部下たちは俯いて、誰も答えられない。


「我々の仕事は、身分の高低に関わらず、正義を貫くことだ。権力者の犬になることではない!この老夫婦の訴えを、きちんと聞き取り、調書を作成しろ。相手が誰であろうと、法の下では平等だ!」


その様子を見ていた無涯は、胸に熱いものがこみ上げてきた。


(私は......なんという偏見を持っていたのだろう)


無塵という人物に対する認識が、根底から覆された瞬間だった。この人は、真に清廉な官吏なのだ。と。


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