二人目
「……はは、MIUさん、相変わらずですね」
俺はあまりの勢いに倒れそうになりながらも、背中にがっしりと回された二本の太い腕をほどき、目の前の男性?にそう言った。
派手なピンク色のパーマに、濃いメイクと奇抜なファッション。
マッチョな長身も合わさり、一見ドラァグクイーンと見紛うこの人はMIUさん。
今日のライブの主催者であり、イベント会社"シルク"の社長でもある。
主催者とは、そのライブを取り纏めるいわゆる代表で、企画を立て、ライブハウスを押さえ、出演者を集め、時間やお金の管理も行う。
MIUさんが主催するイベントはどれも内容がしっかりしており、毎回出演者のレベルも高い。
通常はアーティストに対してファンがつくものだが、MIUさんの場合は主催するイベントや、彼?自身に対してファンが付いているくらいだ。
俺が上京して間もない頃、初めて出演したライブで出会い、それ以来何かと気にかけてくれている。
本当に、頭が上がらないくらいお世話になっている、尊敬する人物だ。
「てつやちゃん、今日は出演OKしてくれてありがとうね。もうチュウしちゃいたいぐらい感激よー!!」
「うおっと!……はは、いつもお世話になっているMIUさんの頼みですから。もちろんですよ」
俺は熱い口づけをかわしながら、若干引きつった笑顔でそう答える。
「んもう、てつやちゃんたらつれないわねー。でも良かったわ。今日はどうしても、てつやちゃんに出て欲しかったの」
「どうしてもって、今日何かあるんですか?」
「んふふ。実はねー」
MIUさんがそう言いかけた時だった。
「すごーい!楽器がめっちゃ沢山ある!なーなー!これ触っていいん!?」
「こ、こら!それはライブハウスのだから勝手に触っちゃだめだ!」
自分で聞いておきながら、答えを待つことなく触ろうとするあおいの腕を、俺は慌てて掴んだ。
「あら?てつやちゃんその子は?」
「あ、ああ。この子は親戚の子であおいって言います。どうしてもライブが見たいって無理矢理ついて来てしまって。すみません、大人しくさせますので」
そう言った時だった。
MIUさんの目がキラーンと音を立てて光った気がした。
「んまあー!!なぁんて素敵な子なの!!ワタシのレーダーがビンビンに反応してるわ!!てつやちゃん!!この子ちょっと貸してくれない!?」
「てつや!この人めっちゃ面白い!うちも髪型まねするー!」
あおいはそう言って、MIUさんのピンク色のパーマと同じように自身の髪をくるくるしている。
「え、ええ。あおいがいいなら僕は全然大丈夫ですけど」
「んまあ、ありがとう。あおいちゅわーん、こっちへいらっしゃい」
「はーい」
MIUさんがクネクネと腰を振りながら奥にある鏡の方へ行く後ろを、あおいもぎこちなく腰を動かし着いていった。
「……ふう、やっと子守から解放された」
昨日からずっとあおいと一緒にいたせいか、一人になるのは随分久しぶりな気がする。
キャッキャと楽しそうに衣装を当てている二人を遠目に見つつ、近くの椅子に座り、今日歌う曲を聴いておこうとポケットからスマートフォンを取り出した、その時だった。
「ねえ」
ん?
声の方を見ると、床に座りギターを抱えた赤いロングヘアの少女が、イヤホンを片耳だけ外しながら鋭い目つきでこちらを見ていた。
「あの子、アンタの彼女?邪魔なんだけど。わたしの集中の」
まさかのセリフに俺が唖然としていると、彼女は冷たい声で続けた。
「言っておくけど、わたしは一つ一つのライブに真剣なの。MIUさんのお気に入りだか何だか知らないけど、遊び半分でここに来たなら今すぐ帰って」
ーーカチン
思わず、顔が凍りつく。
初対面の相手に、普通ここまで言うか?
しかも、どう見ても十代だろ。年下のくせに、なんだその口の利き方は?
ちょっと可愛いからって、調子に乗りやがって。
てめぇみたいな奴はな、こうして、こうだ。へっ、こんな目にも合わせてやる。どうだ、参ったか!
大変大人気なくも、俺は心の中でこれでもかというほどに目の前の少女を罵倒しながら答えた。
「ご、ごめんねー、うちのあおいが騒がしくて。ただ、もうちょっと言い方ってあるんじゃないかなー?キミ、まだ若いよね?そんなんじゃこの先苦労するよー。ははははー」
精一杯感情を抑えながら、引きつった笑みを浮かべる。
すると、彼女はこちらに向けていた顔をふせ、外したイヤホンを耳に戻しながら、ぼそっと呟いた。
「……いい歳した大人のくせに、随分と器が小さいのね」
ーーブチッ
血管が切れる音がした。
ダメだ、イライラが止まらない。
俺がもしタバコを吸う人間なら、三本くらいまとめていっぺんに吸いたい気分だ。
抑えきれない感情が、貧乏ゆすりという形で出てしまっていた。
するとそんな様子に気づいたのか、MIUさんがこっちの方へやって来る。
「あら、早速仲良くやってるのねー」
『どこがですか!!』
ハモってしまった。
「あらあら、やっぱり仲良しじゃない。てつやちゃん、紹介するわ。この子は枚方しらべちゃん。三ヶ月程前にたまたまストリートライブをしているのを見かけて、思わず声をかけちゃったの。こーんなにキュートな見た目からは想像も出来ないくらいに、力強い歌声と、ハードなギタープレイなのよ。てつやちゃん、仲良くしてあげてね」
ストリートライブとは、街中や路上でゲリラ的に歌ったりする事だ。
以前は"コブ○ロ"や"○ず"のおかげで一種の文化的な勢いがあったが、最近はマナーの悪いアーティストも増え、規制も厳しくなり、警察とのイタチごっこになっている。
MIUさんはこんなキャラクターだが、音楽のこととなるとかなりハッキリ言うタイプで、簡単には人を褒めない。
そのMIUさんが声を掛けたということは、彼女の実力は確かなのだろう。
その程度は容易に想像がついた。
ーーしかし、それとこれとは話しが別だ
「まあ、MIUさんが言うなら仲良くはしますよ。ただ、向こうにもその意思があれば、ですけどね」
「ふん。そのセリフ、そっくりそのままお返しするわ」
俺としらべの間に見えない稲妻が走る。
犬猿の仲とはこういうことを言うのだろうと、そう思った時だった。
「とうっ!」
「きゃっ!」
あおいが、急にしらべに抱きついたのだ。
「しらべちゃんっ。うち、あおいってゆうねん。仲良くしてな」
そう言って、ニヘっとした笑顔でしらべの方を見た。
恐らくMIUさんに髪を整えて貰ったのだろう。ほのかに香る柚子のヘアオイルで、元々綺麗だった髪がより一層輝いている。
「な、ななななにするのよ!?急に抱きつくなんて!それに、あんたそいつの彼女なんでしょ!?そんな奴の彼女となんて、絶対に仲良くしないわ!」
変な誤解が入っているが、会って早々ここまで嫌われるのも少し悲しい気がする。
「かのじょ?うちはてつやの……えーっと、しんせき?やで」
「親戚?なんで親戚がこんな所にいるのよ?」
そう言って俺の方を睨んだ。
「社会見学だよ。今うちで預かっていて、ライブが見たいって言うから連れて来ただけだ。邪魔だって言うんなら外に出ているよ。あおい、行くぞ」
「うん。しらべちゃん、歌楽しみにしてるな」
「ふ、ふん。せいぜい驚くといいわ」
あおいなりの気づかいだったのだろう。
外見や中身は幼く見えても、やはり女神さまなだけはある。
まあ俺も大人気なかったな。リハーサルが終わったらジュースでも買ってやるか。
そう思いながら楽屋のドアに手をかけ、俺とあおいは客席の方へと向かった。
♢
「うそっ!!?」
リハーサルを終え、あおいと一緒に楽屋でジュースを飲んでいた時のことだった。
MIUさんがスマホの画面を見て、そう叫んだ。
「何かあったんですか?」
「てつやちゃん!今日出る予定だった子から、体調が悪いからキャンセルしたいってラインが入ったの!」
「!?」