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伝説の始まり

時刻は16時50分

銀座駅前の広場には、カップルや年配の夫婦、鳩に餌をあげている子供、各々の時間と共に、穏やかな空気が流れていた。


「ふぅ……なんで俺の方が緊張してんだよ」


「うーた!うーた!しらべちゃんと歌うー!」


胸を押さえながら深呼吸をする俺の隣では、緊張感などカケラも無いといった様子のあおいが、くるくると回りながら、よくわからない歌を歌っている。


ーー昨日、あれからファミレスを出た俺達は、17時に駅前に集合する事を決め、別れた。


反対のホームへ降りていくしらべに、遅刻したらぶっ殺すからと物騒なことを言われたが、俺は内心それどころではなかった。

17時からは、バイトが入っていたからだ。


つい勢いで承諾してしまったが、流石に二人だけにするのは不安が残る。

俺は店長の顔を想像し戦々恐々としながらも、帰宅後すぐに電話をかけ、休ませて欲しいと懇願した。


返答までの長い沈黙こそあったものの、なんとか了承を得た俺は、帰宅後早々に寝てしまったあおいを起こさないよう、胃痛に耐えながら静かに就寝の準備を始めたのだった。


日が落ちかけた広場の端っこでは、あおいが子供と一緒に鳩を追いかけている。

それを微笑ましく見つめていると、後ろから声が聞こえた。


「ちゃんと時間通りに来てるわね。偉い偉い」


声の方へ振り向くと、ジーンズ姿にキャップを被ったしらべが、アコースティックギターを背負い立っていた。

Tシャツの胸にはでかでかと

"ROCK'N'ROLL"と書かれている。


「わー!しらべちゃんやー!」


そう言っていつも通りあおいが飛びかかっていったのだが、どういう心境の変化か彼女は全く嫌がるそぶりを見せない。


それどころか、よしよしと頭を撫で、粛々とストリートライブの準備を始めたのである。


「ほら、アンタ。なにボーッと突っ立ってんのよ。これビラ。周りの人に配りなさいよ」


呆気にとられていた俺は、しらべからA4サイズの紙の束を渡され、それを見た。

そこには下手くそな文字で、しらべとあおい二人の名前と、聴いてくれた人に対するお礼の言葉、そしてよくわからない棒人間のようなイラストがニ体描かれてあった。


「どうせアンタのことだから何も用意してなかったんでしょ?わたしが用意して来てあげたんだから、感謝しなさいよね」


「凄い!凄い!これしらべちゃんが作ってくれたん!?めっちゃ可愛いー!」


そう言って、ビラを持ちはしゃぎ回るあおいを横目に、俺は何も言えずにいた。


あの後、家に帰って一人でこれを作ったのか……。


お世辞にも上手とは言えない出来だったが、しらべが今日を大切に思ってくれていたことが伝わり、思わず目頭が熱くなる。


「ちょ、ちょっと。アンタ泣いてんの?キモいわよ」


ストレートに傷つく言葉を投げて来たしらべだが、俺はそれすらも含めて愛おしく思え、彼女の肩に手を置きこう言った。


「必ず!必ずこのビラは俺が届けるからな!お前たちは安心して歌ってくれ!」


「……とうとう暑さで頭が壊れたのね」


辛辣なセリフなど全く耳に入らなくなっていた俺は、ギターのチューニングを始めたしらべを興味深く見つめる、もう一人の少女に声をかける。


「準備は大丈夫か?」


「うん!てつやと練習したし、大丈夫!」


昨日、一緒にやることを決めたはいいものの、どんな曲をするのかという話になり俺が頭を悩ませていると


「ライブで歌ったやつがあるじゃない。

あとは……はい。この中から好きなやつを覚えて来て」


そう言って、ファミレスのテーブルに置いてあったナプキンに、ボールペンでいくつか曲名を書いたものを俺に手渡した。


「お前、ライブであおいが歌った曲なんて弾けるのか?あれは俺の曲で楽譜もなにもーー


そう言おうとした俺の言葉を、しらべが遮った。


「コードを弾くぐらいなら問題ないわ。キーもあおいに合わせてあげる。曲調も、まぁ、アンタの曲の割には覚えやすかったからね」


「あ!この歌、てつやがCD持ってたやつ!うちこれ歌えるー!」


俺の手からナプキンを取ったあおいが、書かれてあった曲の中の一つ、Alicia Keysの"If I Ain't Got You"を指差し言った。


ーーこいつら、化け物か


方やたった一度聴いただけの曲を弾くと言い、方や俺の部屋で数回聴いただけの曲を歌えると言う。


もちろんあおいが特殊なのは分かっている。

だがそれでも、目の前の少女達が見せる圧倒的な才能と自分自身とのあまりの差に、若干自己嫌悪に陥っていると、あおいからひょいとナプキンを取り上げたしらべが、それをくしゃっと丸めて言った。


「ま、とりあえずは二曲あれば大丈夫でしょ。ほら、そろそろ出るわよ」


そう言って席を立ち、俺達三人は駅の改札へと向かったのだった。


「大丈夫ならいいんだ。よし!思いっきり歌ってこい!」


そう言ってあおいの肩を叩くと、うん!と元気に返事をし、今から歌う曲を楽しそうに口ずさんでいた。


ーーそういえば

あの紙に書かれた中に、ビーチーズの曲はなかったな。


俺がそんなことを思っていると、チューニングが終わったのか、しらべのギターの音が聴こえて来た。


するとすぐに一人、二人と、人が集まりだす。

十人ほど集まった時、しらべの合図に合わせてあおいが歌い出した。


「これはーーPROMISEからか」


PROMISEは、大切な人との記憶を失った主人公が、それでも前を向いて歩いて行くことを誓う、いつか見た映画のストーリーを元にしたシンプルなバラード曲だ。

ボーカルが際立つ曲になるようにと、ある人に手伝って貰い作詞作曲をした、俺の初めてのオリジナル曲である。


「しかしライブの時も思ったが、もはやこれはあおいの曲だな……」


俺はそう呟くと、心地良い彼女の歌声と、アコースティックにアレンジされた伴奏に耳を傾けていた。


すると、しらべがギターを弾きながら顎で俺に何かを指示している。

慌てて辺りを見渡すと、さっきまで十人ほどだった観客が、気づけば三十人ほどに増えていた。


「う、うそだろ……?」


驚きの声を漏らすと同時に、自身の役割を思い出した俺は、急いで集まった人達にチラシを配り始めた。


「しらべとあおいです!よろしくお願いします!まだ若いですが、一生懸命頑張っています!よろしくお願いします!」


俺がそう叫びながらチラシを手渡していると、ある女性がこちらへ向かって歩いて来た。


「あなた、マネージャーさん?あの子達のCDはあるかしら?わたし欲しいわ」


すると、その隣にいた男性も財布を取り出しながら言う。


「おう、兄ちゃん!俺にもCDくれ!いくらだ?」


俺は咄嗟に説明する。


「す、すみません。あの子達まだ活動を始めたばかりで、CDは販売していないんです。良ければまた聴きに来てあげて下さい」


そう言って頭を下げた。


「あら、そうなの。残念だけど、CDが買えるのを楽しみにしてるわね」


「そうか、まぁまた聴きにくるわ。いいもの見させて貰ったよ」


そう言って女性は駅の方へ向かい、男性は俺のズボンのポケットに千円札を入れた。


「いえ!そんな!大丈夫です!」


慌てて返そうとすると、男性はいいっていいってと言いながら、駅の反対側へと消えていった。


ーーあおい。しらべ。

お前たちの音楽には価値がある。

これだけの人達が、それを証明してくれている……!


俺は頭を下げたままぐっと拳を握りしめ、引き続きチラシを配り叫び続けた。


「しらべとあおいです!よろしくお願いします!」



「はぁ、はぁ、はぁ……まさか、たったニ曲を十回もやるなんてね」


「しらべちゃん!すっごい楽しかったね!」


ストリートライブが終わり、何十人もの人にサインや握手を求められた二人は、一人一人に丁寧にお礼を言い、先程最後の男性を見送った後で力尽き、地面に座り込んだ。


「お疲れさん」


俺はそう言って、少し前に買っていたジュースを二人に手渡した。


「わー!ありがとう!」


「はぁ、はぁ……なによこれ、サイダーじゃない。わたしはコーラしか飲まないのよ」


息を切らしながらも悪態をつくしらべに、だったら俺が飲むよ、と返して貰おうとすると


「ふん、今日のところはこれで我慢しておいてあげるわ」


そう言って俺から缶を奪い取ると、炭酸だということを忘れるぐらいに勢いよく飲み始めた。

彼女はギターだけではなく、コーラスまでしてくれていた。

相当喉が渇いていたのだろう。


「しらべちゃん、ありがとう。うち本間に楽しかった。一人で歌った時より、ずっとずーっと楽しかった。やっぱり音楽っていいね」


しらべの瞳を真っ直ぐに見つめ笑顔でそう言うあおいに、彼女はしばらく黙ってから、少し躊躇いがちに口を開いた。


「……あおい。

あんたわたしと、バンドを組まない?」

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