エピソード4 小さな幸せ(3)(完)
幼い子供が二人、身にあまるバケツを二人で持って運んでいる、日課の水汲みだった。辛い仕事だが、父親が森でとってきた果物をご褒美にくれるので文句を言わず息をそろえて一生懸命はこんでおいる。
いつもは誰にもあうことはない。だが、その日は違った。
まず、目にはいったのは館の兵士の身なりだった。革の肩当てつきの銅に、領主の紋章をそめぬいたくたびれたサーコートを羽織っている。気乗りしないその顔を子供たちはなんとなく見覚えていた。
「やあ、村長さんに伝えてくれるかい」
「どうしたの? 」
彼が一人でない事に彼らはそのとき気付いた。兵士より大分立派な鎧の青年が一人、緑色の羽根つき帽子の弓男が一人、そして場違いな眼鏡の老人が一人。
「お嬢様の旦那がお忍びであいにきたって」
この報せに村はざわめいた。ユウジとレンジャーが強そうなのでまずは慎重にという声が優勢をしめる。たき火の後や動物の解体の痕跡で奇麗とはいえない村の広場の真ん中で筋骨たくましい分村の村長とユウジが対面した。
「今日は許可をもらいにきたんだ」
ユウジはつとめて気軽にそういった。
「許可など、もらう立場ではございますまい」
「義父の怒りで君たちがうちの領民からはずれていることは知っている。だったら目と鼻のさきでなにかするのに黙ってやるわけにもいかないだろう」
「何をなさるおつもりか」
「開墾」
ユウジは一言で説明した。
「費用が足りますまい」
「当初の計画を見直した。こちらの先生は水道の専門家だ。井戸と水路を整える場所をさがしてもらってる。本村の近くは一つ計画したが、あれじゃたりない。もう少し将来性のあるところの手をつけておきたい」
「それがこのへんと? そして我らに出て行けとおおせかな」
「本村の近くのは本村の人に分乗するけど、このへんとかあのへんとかのは移住者を募集するつもりだ。ここのとこ減るばかりだったと聞くからね。もちろん、開拓を手伝ってくれた人に権利がある」
含意を村長は理解した。
「殿様がそれを許すと思っておられるのか」
「義父殿には跡継ぎが生まれたら隠居してもらおうと思ってる。家中にはいま根回ししているところだ。だが、まあそれまでは時間がかかるし開墾も時間がかかる。こっちの先生の調査を認めてくれればこの近くでどうすればいいか計画を立ててくれるだろう。できそうなら勝手にすすめておいてくれ。義父がうなずかないなら、あんたらは少々不名誉な呼ばれ方をしながら前より広い耕地を入手するだけだ」
ただ、とユウジは釘をさす。
「他の場所も開拓民募集をかけるから、いつまでもわけておくことはできやしない」
「わかりました。若様は前の若様とは違うようだ。さすがお嬢様の婿殿」
「ほめるのはうまくいってからにしてくれ。俺の望みはここが豊かになって、左団扇でくらすことだ。ただの怠け者なんだよな」
実のところ、ここまで全部彼の考えたことではない。レンジャー、ご隠居技師、そしてその背後にいるプレイヤー掲示板勢の知恵を借りてクエストになるようにしむけたのだ。
かつてのユウジはなんでも自分でうまくやろうとして、結局収監されることになった。自分はちょっと小知恵のまわるだけの小物だということを思い知らされている。
それからユウジは分村と取引するためのなんちゃって盗賊行為と別に少人数だが流れ者が本当の盗賊をやっているという情報をもらった。レンジャーが三日ほどでその拠点を探し出し、気はすすまないが警邏隊を率いて討伐に向かう。
「七人中五人まで服役囚だったな」
レンジャーの支援もあって不意をつけたので一方的に討伐することができた。
「少々後ろめたいが、俺の幸せのためだ。今度はもっといいとこに宿れよ」
盗賊たちの拠点、元はなんだったかわからない半壊した塔からは盗賊たちの雑用と性的処理につかわれていた女が二人救出された。一人は分村から一年くらい前にさらわれた村娘。もう一人は旅芸人一家の女芸人。村娘は実家に返したが「あとがつらい」だろうとのこと。女芸人は夫も父母も殺されて天涯孤独。放り出すわけにもいかないので領主館でしばらく召使って後添えなど身のふりかたをさがすことになった。彼女らの前にも何人かいたらしく、それらの女たちは盗賊の拠点のうらっかわに他の犠牲者ともども食い散らかされた骨として発見されている。
移民募集の条件をまとめてレンジャーに冒険者ギルド経由で募集をお願いし、クエストはどうやら完了したようだ。ご隠居技師だけ、もう少しここにとどまって計画の実行を助けてくれるらしい。
一年がたった。ユウジは娑婆もあわせてはじめての子供をもった。男の子だ。ステータスは高くなりそうで、服役囚が乗ってくる心配はない。ほっとする自分に彼は驚いていた。いずれ娑婆に帰る彼からすればすべてはかりそめのことにすぎないのに。
ご隠居技師は女芸人と所帯をもった。これからは彼付属のNPCとしてどこにでもついていくのだろう。彼女は投げナイフと体術が得意で、少し訓練すれば護衛をつとめることもできそうだ。
最初の開墾地に作付けが始まり、先代の隠居とともに分村は正式に復帰し開墾地で売れそうなものを作り始めている。そして最初の移住者が三つ目の村を建築中だ。
「来年には、予定の場所に領主館を新築できるかな」
「この子が後を継ぐことになると思いますよ」
跡継ぎをあやしながらユウジの妻がそういった。彼女の頭の中ではもう計算ができているようだ。
「そうか」
もうユウジが前にたって剣をふるうこともない。新当主としてやることはそれなりにあるが、ようやく望む生活を手にいれた、と彼が思ったとき、妻がこういった。
「その前に人も増えてきたので、免除されていた軍役がふってきますよ」
「l国境警備やってるだろう」
「前の規模ならそれでよかったんでしょうけど、豊かになったら家格をひきあげられ、いろいろ課されるのはのがれようがないですよ」
なんてことだ、愕然とするユウジの視界に安楽椅子に座って何かのんでいる義父の姿がはいった。
婿入りしたころには自ら薪をわってた貧乏領主だった男だ。
分村の問題をこじらせたその張本人は、悠々自適の様子で糟糠の妻と楽しげになにか話している。
「この子に跡をまかせるころには、あれより優雅なくらしができますよ」
妻の慰めは、彼にとっては慰めにならなかった。そのころには刑期がおわって彼自身はここにはいないことになる。
「でも、まああと四年くらいゆっくりできるはずよ」
これは慰めだった。計算では最後の数ヶ月が忙しいだけになる。
その間に、娑婆にもどってからの暮らしについて考えようと彼は思った。
魔王もまた服役囚だった。彼はいま娑婆でなにをしているのだろうか。彼の偉業は運だけでは説明できないものだった。間違いなく成功者の一人になっているだろう。彼の真似はできないが。
「俺にもなにかできることがあるだろう」
「そりゃもう二人目よ、」
妻に寝室に連れて行かれながら、なんとなく娑婆でも似たようなことが起こる予感をユウジは覚えた。
それはそれで楽かもしれない。
そんなことを考える自分はやはり小物だな、と彼は素直に思った。