エピソード4 小さな幸せ(2)
ユウジはコネを生かして冒険者を二人雇った。普段は狩人をやっている腕利きのレンジャーと、引退した水道技師。どちらも実はプレイヤーだ。冒険を楽しむタイプと世界を楽しむタイプ。贅沢をいえばもう少し雇ってクエストらしくしたかったが、さすがに手持ちがそこまではない。
レンジャーには事情を話した上で、盗賊団となった村の者たちと和解し、彼らを帰順させる手がかりがないか手がかりを探ってほしいと依頼した。
水道技師には魔王時代の計画を検討して実現可能な見直しをできないか依頼した。計画は現地にいかないと見れないので三人は連れ立って辺地の町に向かった。婿入りは王都で両家の合意文書が提出され、新婚夫婦として現地に向かうのである。
町は柵をめぐらせただけで、城塞都市とはいいがたいものだった。小高い丘に石垣をめぐらせた逃げ込み砦があり、攻められたらそこにこもるのだろうということは容易に想像できた。
その砦も住民全員を収容するには小さい。
「とんでもない田舎だな」
レンジャーが口笛をふき、ぽんとユウジの肩をたたいた。
「まあ、発展させがいがあると思う。うん、そう思う」
いつかは左うちわ、そのためになんでもやるつもりの彼にもこれは想像以上だった。
部屋は土壁うちっぱなし、南京虫とかでそうで、板戸をつっかえ棒でささえただけの窓と両脇の阿部に簡単な寝台を置き、中央にかなりがたがたの机がおかれている。これがプレイヤー二人のための部屋で机には水道技師が筆者してきた魔王時代の開墾計画図がのせられている。
「どうもこの町は開拓基地にすぎなかったようですな」
ご隠居技師が地図にもなっている計画図の一カ所を指差した。
「最終的にこの場所にきちんとした町が建設される予定だったようです。
「離反した分村ってこの予定地へんじゃなかったか」
レンジャーの指摘はあたっていた。
「周辺村落の予定地もいくつかあります。この町に一、他の予定地に番号がふられていて最後にこの町の予定地に七がふられているので、番号の若い村落予定地には魔王時代にいくばくか建設されていたのではないでしょうか」
「なるほど、調べてみよう」
レンジャーは地図をじっと見た。それだけでいつでも目の前に表示できるようになるらしい。
「縮小プラン、練れそうかい? 」
ユウジの質問にご隠居技師はにんやり笑った。
「よくできた計画なので、そのへんも考慮してるようです。ただ、現地の状況みないと本当に机上の空論になりますな」
「誰か案内をつけられないか、舅殿にお願いしてみよう」
レンジャーはその後地図を頼りに一回りしに出かけた。足が早く、まばらな林にはいるともうどこにいるかわからなくなった。
ご隠居技師は、町の長老とその孫がつきそってくれることになり、でかけていった。
ユウジはユウジで、この町に課された義務である街道警邏に携わる兵士たちに引き合わされる。
ちょっとした荒っぽい腕試しを経て彼らに受け入れられたあと、仕事を覚えるためにあちこち連れ回される。途中、ユウジの着替えを足でふんで選択している令嬢、いや夫人に出会って手ふられ、兵士たちに口笛を吹かれた。下級でもそんな貴族夫人は見た事がない。
領主も自分の屋敷のちょっとした修繕くらい自分で行う人だった。聞けばもともと継ぐ立場ではなく、領地のために農学をまなんだ人で、畑で領民にまじっている姿をよく見る。思ったより資金があるのはそのおかげのようだ。といっても高く売れる作物がないので全体の貧しさは完全におおいきれていない。領主夫人の姿はなかった。亡くなったかなにかと思ったが、娘を生んだあと実家に戻ってしまったらしい。令嬢を育てたのは町の人間と数年前に他界した祖母だった。その祖母が彼女と兄弟に武術を教えたというからどんな女傑だったのかと思う。
日課であるという街道見回りを終えたが、この日は盗賊の姿はなかった。
翌日も、盗賊の姿はなかった。
レンジャーはまだ帰ってこない。ご隠居技師は毎日のようにあちこちでかけては図面になにかかきいれたり、計算したりうなっている。
ユウジは新妻と毎晩同衾した。跡継ぎが望まれていたし、失った兄弟の埋め合わせか、彼女自身も強く子供をのぞんでいたからだ。
その翌日も盗賊は見当たらなかった。しかし、被害があったという報告はあった。旅の商人が荷物に三分の一を奪われたというのだ。死者はなく、擦過傷程度のけが人しか出ていない。
「紳士的な連中だな」
「立ち直せる程度にとどめたらまたまきあげることができるからでしょう」
よく話しかけてくる警ら隊の兵士がそういった。
「そんな連中と派手にやりあうことになったのはどういうわけだい。聞いた限り被害が大きかったようだけど、それはあちらも同じだろう」
「ああ、そのことですか」
兵士は言葉を濁した。
「すみません、箝口令がでてるんで殿様の許しがないと隊長にもちょっというわけには」
「それは仕方ないけど、俺がにっちもさっちもいかないようにならんようにはしてほしいものだね」
はは、それはもちろんですともと答えながら兵士は目をちょっとそらした。
その日、レンジャーがやっと帰ってきた。土産に簡単に薫製にした鳥を数羽かかえてきたので、館の厨房では歓声があがった。とりあえずの報酬は酒を一杯。
「長かったね」
「連中の隠れ里はわりとすぐ見つかったんだけど、いろいろ気になることがあってね」
やはりあの番号のついた村の候補地を使っているらしい。
「三カ所あって、使ってない二カ所は避難やいざというときの備蓄用だった」
盗賊団は女子供あわせて二百人少々だという。
「畑を作って自給してるし、殺伐とした感じもない。商人なんかも訪問して木工品や毛皮、布なんかを買い付け、雑貨をおろしてた」
「まて、普通に取引してたのか」
「うむ、普通に辺地の開拓村だったぞ」
その夜、夫婦の営みのあとユウジは妻に質問した。
「どうもあれは世間一般にいう盗賊団ではないようだが、何か知ってるかい」
「そろそろばれると思ったわ。ごまかしきれるわけがないもの」
流れ落ちる髪をかきあげながら新妻はためいきをついた。
彼女の話すには長兄は平凡な人物で、武芸も学芸もたいしたことはなく、そのことを十分心得ているせいか努力と気遣いを絶やさない人物だった。
それが豹変した。悪霊憑きと呼ばれる現象。ユウジにはよくわかっていた。自分もまたそうだ。つまり服役囚が宿ったのだ。そして服役囚はほとんどが人間として問題がある。
「急にいばりはじめた。横暴になった。村の女の子に手をだした。私にも手をあげようとした。腕をひねりあげてやったけどね」
その結果、分村で激しい衝突になった、次兄と制止しようとした兵三人が犠牲になった、父親たる領主は息子の不始末を知っていたがやはりそれを害した分村を許すことができなかった。
そういうわけだ。これは流れ者の犯罪者になやまされる辺境ではなく、服役囚により分断されてしまった辺境だ。ユウジは馬鹿な男だと、長兄に宿った服役囚を軽蔑した。だが、おかげで彼はここにいる。俺はうまくやると決心する。娑婆での失敗を繰り返すつもりもない。
その翌日、今度はご隠居技師が修正プランをもってきた。
「ここに井戸をほって風車をたて、水を組み上げて流す。水路の開削は省く。自然にこのへんにできるはずだ。そこから水をひけば今の三倍くらいの耕地ができるだろう。水路は自然河川じゃないから氾濫の心配もない。あとから整えればいいという考えだ」
「風まかせなのは不安がないか」
「だからこの面積にしかならん。元々の計画ではこのへんにほれば湧出する水脈があるからそこから大々的に引くはずだったんだがね」
技師が地図上に引かれた線を指でなぞる。村の配置は当然というか、その水脈、水路を考慮したもになる。
「そっちを利用するプランはないのかい」
「現地を調べてないからなぁ」
いかせてもらえなかったらしい。
「こいつはひとつ、冒険するしかないかな」