エピソード4 小さな幸せ(1)
路地裏で、絡んだチンピラを叩きのめしてユウジはいい気分だった。
彼は本当ならこのチンピラより強いということはないはずだった。だが、今は圧倒している。あと何回喧嘩をやっても負けることはないだろう。
彼が今の人生に宿ったのは幸運だった。城勤めの取り次ぎの若者。いくさのときには槍持ちや鎧運び、平素は城の雑用をやる彼らは下級貴族の相続の可能性のない男子たちで、ある年齢までは食べることに困らない立場だったが、幸運といえるのはそこではなかった。
なるほど武器の使い方も心得ているからそこらの農民に宿った服役囚よりよほど戦えるだろう。だが所詮は雑魚である。
彼が幸運だと思ったのは、クエストの残り屑を拾うことができたところにある。プレイヤーたちが面倒だからとやりたがらないちょっとした脇道や後始末を進んで引き受け、それに付随するボーナスをかすめ取ることができるのだ。それは金銭的なものが多いが、注意深く条件を満たせばステータスやスキルに特典をえることがある。ユウジは自分でも油断ならない男と自負してるだけあって、そういうものを見抜くのが得意だった。その結果、中位プレイヤーくらいの能力を得ることができた。
身分をいつわって裏通りに遊びにいき、売らなくていい喧嘩をうって腕試しをしたところ、気持ちいいくらいの快勝を得た。これなら最悪NPC冒険者としてやっていけるだろう。注意深ければ危険を避け、ささやかな成功だけを積み重ねることもできる。そうやって財をなせば自分の城と使用人を持てる。報われるときがくる。
恐れるべきはその前に刑期がきてしまうことだ。ここではうまくやれそうなことが、娑婆に戻ればなかなかうまくいくものではない。できればもっとてっとり早く報われないだろうか。
伝説の服役囚、通称魔王という人物がいた。刑期十五年、ここでは六十年相当の時間を費やして、彼は町を開き新しい経済を作る事で既存の国を圧倒する帝国を作り上げた。
そんな地位につくのはこの上なく心地よいだろう。潜入したトップクラスの冒険者たちに魔王が激戦の末討ち取られるまでほとんどの国が勝利を得られず戦々恐々としていた。
魔王が討たれて彼の建設した町とそこを預かる領主はほぼそのまま近隣国家に帰属したという。魔王の国は圧政からのがれた人を保護していたこと、魔王側は自衛と反撃はするものの既存国家をつぶすつもりもなかったた、魔王大戦とよばれた大戦争では数多くの冒険者が両陣営に属してプレイヤー対戦も華々しく行われていたという。
「そこまで望むのは無理だな」
とりあえず彼は腕がたつほうだということを売り込むことに専念した。冒険者になって一攫千金を狙うにしろ、どこかの領主の跡継ぎに婿入りなどするにしろ「あいつはできる」と評価されることに損はない。そうしていると、お茶の席によくまねかれるようになった。そこには一人以上の令嬢がいて、彼女と話をするように促されるのである。見合いだった。
「俺に拒否権はないっぽいな」
見合いと知らされたことはなく、話を進めるかは相手次第。その時になれば断る機会もあるのだろうけど、それをやってしまうと二度とお見合いの話はないとユウジは理解していた。
面白くはない。だが、容姿に関してはこの世界の女性は醜いと言える者は少ない。何らかの呪いなどを背負ったりしていないかぎり。そういう令嬢との見合いはこれまでなかった。
そうしているうちに、とうとう一件話がまとまった。相手は辺地の人口二千人ほどの小さな領地の娘で、自らも弓や槍を取ることのできる少女だった。ユウジ側の印象は明るく、健康的で悪くはないというもの。だが、仲介の労をとってくれた世話役貴族はこういった。
「今回に限り、断ってもかまわんぞ」
なぜです? それは当然出る質問だろう。
「いくつかある。まず、あちらが断られても恨まないと明言している。それに関係があるのだが、危険だ。なにしろ国境警備を担当していてな、隣国との衝突にならないよう気をつかわなければならんのに、それをいいことにした盗賊団が出没しよる。彼女が婿をとることになったのも、兄二人が戦死してしもうたせいだ。兵士は二十人くらいいたのが今は十人らしい。盗賊団は十数人いるから数でも負けとる。そして、これは理由にはならんのだが、あの領主は零細な上に魔王の下級幹部の出でな、王都の貴族たちは気にはせんということだ。実際、腕のたつ青年たちに何人も断られとる」
ユウジは考えた。これはクエストの匂いがいする。クエストはプレイヤーのこなすものだが、そのためのNPCにはなることができる。
ユウジは答えを保留して令嬢に面会を申し込んだ。
「お返事の前に二つ質問をお許しください」
「かまいませんよ。いくつでも聞いてください」
令嬢の素顔は貴族らしからぬ話し方をする女性だった。元気な平民の娘といって通じる。着ているものも貸衣装らしいドレスから小姓のようなものになっている。そして帯剣していた。
「なぜ私を? 」
単刀直入の質問は彼女の気にいったようだ。
「まず、あなたの実力。これはいろいろ聞いて十分だと思いました」
「それは光栄です。しかし、ひどく突出しているわけでもない」
重要なNPCや、プレイヤーたちと比べれば平凡たるものだ。服役囚としては突出しているが。
「強さはある程度あればよいのです。相手は苔衣盗賊団だけではありません。たまに流れてくる魔獣だけでもありません。進まぬ開拓、発展せぬ町、領民の不満もまたなんとかしなければなりません」
「兵士が半減しているとか。そのへんもありますか」
「あります。戦死者の家族、親族につきあげられています。私に期待されたのは大幅な援助を引き出す大家の子息との結婚です」
「それでは私は条件にあいませんが」
令嬢は苦笑いを浮かべた。
「だって、そんな既得な大家がありますか? うまくいっても今のせいぜい二倍しか見込めないのがわが領家の開墾見通しですよ。しかも魔王の時代からほとんど進んでいない。そしてなにより、それでうまくいくはずがないのです」
「確かに正規兵を千人つっこんでも勝てそうにないですね。逃げ回って糧食を狙っていれば戦果なく退却を余儀なくされる。そのとき、不足の兵糧をどこから確保するか、わかりきっています」
「はい。それに苔衣盗賊団については我が封領の政治的問題でもあります」
くだけた態度、貴族らしからぬ物腰にだまされそうになった。ユウジは思った。こいつは賢い女だ。俺の苦手なタイプだ。いま、さりげなく面倒な問題にまきこんでくれた。
「もしかして、彼らは元は領民であったとかですか」
「七年前に離反されました。分村の住民二百人少しでしたが、一斉に村を放棄したのです」
「そして全員が盗賊団に? 」
「はい、全員が」
「嘘はいけませんよ。一枚岩のわけがないのですから、数はともかくさらに分離したはずです。そうですね、帰順するもの、どこかに秘密の村を新しく建設するもの、そしてこの土地を離れるもの。それくらいは出たはずです」
「私はそのとき、まだ子供でしたから詳しいことは知りません。ただ長兄が彼らにひどく恐れられ恨まれる何かを起こしたらしいということしか知りません」
ああ、これは。ユウジは容易に想像がついた。虐殺をやったな。それで少なくとも彼女の兄が彼らと和解する可能性は潰えた。それを彼女は察しても言う事はできないだろう。
「分離したのはその分村だけですか? 」
「毎年数名逃げます」
これは詰んでいるな。ユウジはため息をついた。世話役はそこまで知らなかったのだろう。それでも十分断るに足る理由だ。
とっとと見限るのが正しい判断だ。だが、ユウジはだからこそこの世界をうごめく精霊たち、クエスト人工知能群が何もたくらまないはずはないと確信していた。
「開墾が順調にいかない原因はなんですか」
「資金不足です。魔王が倒れて援助がなくなり、計画していた井戸と水路ができていません。王国には代替する資金力もその気もありません」
「もしかして、二倍というのはそれなしでできる限界? 」
「そうです。離反した分村がその半分を担当するはずでした」
「ふむ」
ユウジは腕を組んだ。
「ほかに質問は? 」
「最後に一つ、人を雇うのに使える金はどの程度ありますか」