エピソード1 引きこもりの魔法使い(4)(完)
一年たった。
村はすっかり様子が変わっていた。隠し畑のあったところには冒険者ギルドの出張所と商店の出張所、それに宿であり酒場である店が開業していた。
村はそれにともなって移り住むものが出て数軒の新築家屋ができていた。そして魔法使いの家は村長の公邸であり合議の場として立派なものになっていた。
その家には元気な赤ん坊の鳴き声が響き渡る。
後妻の子供だった。あの老騎士の庶子を妻として迎え、縁故と経済関係が結ばされていた。彼女はきちんとした教育のたまもので村長夫人にふさわしいふるまいをしめしてくれる。難しい問題は夫より処理がうまいといわれていた。
人が集まれば誰がまぎれこむかわからない。魔法使いはダンジョンめあてにきた中に少ないが服役者の姿を見た。能力が一般人と変わらないのによくやる、と思っていたらやはり死んだりする。無茶でもがんばらなければならないところだけは理解できた。
村の住人の中に服役者が宿るのも見た。
「この子に服役者が宿るのはいやだな」
魔法使いは満腹してすやすや眠る嬰児の顔を見ながらつぶやいた。
彼はまた、保証人の魔術師に求められて、数名の見習い魔術師賞に能動体支配の魔法を教えることになった。
「これ、どっちかというと魔王とかが使う魔法だと思うのですが」
「だからこそ重要なのです。十年前に大陸の半分を巻き込んだ魔王の被害、あれを緩和するためには魔物たちの支配に干渉し、結束を崩す必要があるんですよ」
そういうものかね、と彼は思った。教えたものの中には小鬼数匹を支配において、雑用や護衛として使う者まで出た。まるっきり悪い魔法使いである。十年前の魔王と呼ばれた者は彼のように限界を突破した服役囚であったといいう噂があった。教えてくれたのは前の人生で土壇場で裏切って背中を刺した服役囚。その男は、魔王の配下にいたのだという。それだけ長く服役しているなら、かなり重い罪を背負っているのに彼はだまされてしまった。
それでも、領主の後ろ盾とダンジョンという価値、老騎士との関係を得た魔法使いは、平穏な生活を入手した。
墓所のゴーレムを参考に、防衛用の大型石像ゴーレムを四方に二体、小型を六体づつ配置したので、野盗集団程度ならどうということはなくなったし、それでなくてもダンジョンがあるおかげで即席の自警団が編成できるようになった。
このダンジョンが探索が進むにつれとんでもないものだと知れた。とにかく広大である。大魔法使いが暇にまかせて築いたおかげだ。さらに冒険者が入ることで活性化したおかげで近隣の魔物がダンジョンにすいこまれて被害が減り、土砂に埋るなどして失われた宝物も同様に配置されるようになった。
このころになると魔法使いの魔法スキルは10に達している。だが、魂の養父となった大魔法使いにはまだ全然及ばないと感じていた。能動体支配の魔法も高度なものが使えるようになって、村全体を平和で暴力沙汰を起こしにくい雰囲気で覆うようにできた。プレイヤー、服役囚には効果がないが、それでもやりにくい雰囲気になるだけで違う。さらにプレイヤー、服役囚以外の人の鑑定ができるようになった。
それでまだ嬰児である息子を鑑定すると、これが自分をはるかにしのぐ魔法使いの素質があることが分かった。妻が先日二人目を懐妊したこともわかったし、いや、正確には双子なので三人目までであるし、娘であることもわかったし、これがまた素質に恵まれ、容姿も妻に似て優れたものになることまでわかってしまった。
「なんだか、先の楽しみが減った気がする」
わくわくしながら贅沢な悩みをぼやく余裕もでてきた。
残る心残りは冒険者ギルドに依頼した売られた妹の行方。生きていないかもしれない、ひどい状態かもしれない。それでも魔法使いは彼女に会いたかった。苦しみに満ちた生活ならただすくいあげてゆっくり休めといいたかった。
そしてそろそろ双子が生まれるというある日。
平穏どころか、幸福そのものに浸っていた彼に、彼にしか聞こえない音が聞こえた。
「刑期満了です」
刑期が終われば、こちらの彼はこれまでの彼らしい行動をとるこの世界の住人として残る。そして本人は自分の肉体に戻る。
それは初めから知っていたことだった。忘れていたことだった。いや目をそむけてきたことなのだろう。
魔法使いははらはらと涙を流した。せめて、娘の顔だけでも見たい。
だが、すぐに顔を起こし、なんで泣いていたのだろうと首をかしげた。
もう服役囚ではなかった。
刑期の間、その体を整え、養っていたナノマシンいりの液体は再利用タンクに回収されていた。損傷した臓器は修復され、依存症も消えている。脱走の心配もない。通常の収監よりすぐれていると採用されている方式だった。人権侵害ではないかと問題視されているが、再犯率がかなり下がっていることが統計に出てからは一年以上の受刑囚はこれが適用される。
大型のバスタオルをふわっとかけられただけの裸身の男は、挿管を引き抜かれて咳き込んでいる。
医師でもある技師が手元のタブレットで数値を確認し、問題ないと判断すると彼に話しかけた。
「浴室が用意してあります。きれいにして少し休んでください」
服役囚はぎろっと技師を睨んだ。
「あんまりだ」
何があんまりなのか、技師にわかるわけはない。だが、そういう反応は見た事があった。
「胡蝶の夢ですよ。でも、ちょっと違うのは、あなたには再訪の手段があるということです」
服役囚の目が見開かれた。
「そうか、あの子たちに会う事はできるんだ」
「どうぞ、よき人生を」
ずらっと並んだ「棺桶」の中で技師は微笑んだ。
エピソード1 終わり