エピソード1 引きこもりの魔法使い(3)
冒険者の一隊が滅びた村にやってきたのは一ヶ月ほどたってからだ。ここのところ、野盗の被害が多いときいて、何かおいしい話はないかと首を突っ込んできたのだ。荒らされた村はいくつもみたが、この時に見た村は比較にならない被害状況だった。
「こりゃあ、ひどいな」
焼け跡だらけの村を見て戦士が兜をかいた。
「でも、だれか住んでるみたいよ」
耕された畑を見て僧侶が指摘する。
「あそこの家じゃないかな」
廃材を集めて作った小屋を指差して盗賊。
「行ってみようよ」
魔術師はのんびり屋だった。
彼らがそこに見つけたのは一人の村人。話をきくと、野盗に皆殺されてしまったのだという。
「行くところもないからな」
青年農夫は紋切り型の口調だった。それが変換されたものだとは彼らは知るよしもない。
「ただ、下手人のリーダーには見覚えがある」
あの騎士のことをいうと冒険者たちは色めきだった。
ここは危ない、と冒険者たちは農夫に避難を進めたが、彼はかたくなだった。
「ここには女房も子供も眠っている。野盗に殺されることになっても、離れる気にはなれねえよ」
冒険者たちはそれであきらめ、情報を胸に次の村に向かった。
さて、その農夫、今は魔法使いは彼らに実際何をいっていたかというと、全然違うことだった。唯一それでも伝わったのはあの騎士のこと。それ以外は面倒くさそうに「俺は服役囚だからここでのんびりすごさせてもらうよ」といっているだけだった。もちろん相手と言葉が通じないのを承知でいっている。
冒険者たちが十分遠くにいったと思うと彼は短い一言を唱えた。
数体のクレイゴーレムがにょっきりおきあがると、畑の手入れを始めた。
魔法使いはむしろを編みながら、魔法書を読む。魔法のスキルは7に達していた。かなり強力な魔法が使えるレベルである。それでもプレイヤーには10などざらにいるだろう。
このスキルの高さはたくさんの魔法を覚えたせいではない。覚えようとすればできる。派手な爆裂魔法なんかも魔法書にはあった。だが、慎重な彼はその中では目くらましの呪文と放火程度の火の玉だけを覚えてあとは三つの分野にしぼりこんで理解を深めることにした。一つは物理エンジン干渉、一つは夜目の魔法の分野である知覚拡大、そしてゴーレム作成の分野である能動体支配。最後のものは極めれば人間を魅了させたりすることが可能だ。だが、彼がそれを身につけたのは魔物よけ、人払いのためである。畑にあまり近づかないように魔法をしかけるのが目的で、彼らを手下にしようというわけではない。
なろうと思えば悪い魔法使いになって、刹那的に享楽の人生を歩むこともできたのだが、彼はこれを避けた。そんなことをしても先ほどの冒険者のような連中か、そうでなくても警備隊などに討たれるのがおちである。そこいらの一般人よりかなり強くなっても彼は臆病で慎重だった。
こんな人物がなぜ服役囚になるような犯罪をおかしたかといえば、実のところ何もしてないのである。ただ、悪事を看過しただけ。不正は不正だが、なぜ何がなんでも告発しなければいけないかわからない。見ないふりをしたほうが自分も含めて幸福な人間が増える。それだけだった。
それでも被害額累計が彼が思っているより桁が違っていたため有罪判決を受けてしまった。
魔法を身につけたおかげでどこかのコミュニティに潜り込まなくてもやっていけそうになったのは助かった。
さびしいか、といえばもちろんさびしい。しかし、仮想の世界でも我が子と妻を惨殺されるような目にあうのはもうごめんだった。
人よけ、魔物よけはしていても、まねかざるものが入り込む事もある。
半年ほどして、闖入者がやってきた。
迷い込んできたのは、もう大半が討伐された野盗の残党二人だった。
襲撃者の生き残りだったのだろう。身を隠す場所としてこの村をめざしていた彼らは、人よけの甲斐もなく確信とともに彼の警戒網に踏み込んできた。農作業を中断した魔法使いは彼らの進路に広めに魔法を用意する。穏便に話し合うという選択肢をとる気は彼にはなかった。数でまけているし、ゴーレムたちんは作業用で戦えない。それに、彼らの会話を聞き取ったところやはり村の襲撃者だとわかったからだ。
察知されているどころか、剣呑な会話まで盗み聞きされてるとは思わない野盗二人組は彼の用意した魔法に踏み込んだ。発動させると彼らをとらえる重力が消えた。不意に足下がおぼつかなくなって驚くその足下からクレイゴーレムが立ち上がり、彼らを押し上げた。
「うわぁ」
悲鳴をあげてじたばたするが、とどまりようもなく彼らは空中高くのぼっていく。
「また死ぬのかよ」
一方がそう叫ぶのが聞こえた。服役囚らしい。だが、遠慮することはない。豆粒ほどになったところで重力を復活させ、落下予測地点に土の操作で穴をあける。そういうつもりで、畑にはいる手前に用意しておいたのだ。
重いものが地面に激突する音、骨のくだけたらしい音が聞こえた。
あまり気持ちのよい作業ではなかったが、その死体からいくつかの品物を回収して埋め戻し、ゴーレムに命じて地面を整地させた。
「これでよし」
しかし、本当に厄介な相手が翌日やってきたのだ。この二人は追手がついていたらしい。
ここの領主の騎士が兵士二名と雇った冒険者三名を連れて姿を現した。
斥候らしい冒険者が先導するその集団が来るのはわかった。しかし、野盗と同じ対応はできない。それをやるなら領主と戦争になる。
「ここで足跡が絶えてます」
斥候らしい冒険者が騎士に報告する。騎士は領主の腹心で、引退も近い老境の人物だった。
「ここは確か、戻りの村のはずだが」
そのまなざしは鋭く、当然、崩れた古い焼け跡が点在するのを捉えている。人っこひとりいないのに、畑が良く手入れされていることも。
「誰ぞある? 」
老騎士の声は張りがあってよく通った。よろよろとものかげから魔法使いが農夫そのものの格好ででてくる。まだ若い男だ。
「なんでございましょう」
「他の村人はどこか」
魔法使いは村はずれの墓地のほうを指さした。
「一昨年、野盗の群れに襲われまして、おらを除いてみな殺されました」
墓らしいもりあがりが多数並んでいるのを見て騎士は魔法使いを睨んだ。
「なぜすぐに助けを呼ばなんだ」
「野盗の跳梁はご存知であったはずです。必ず助けが来ると思って隠れて待っておりました」
老騎士は言葉につまった。野盗の被害がではじめたとき、兵をやって様子を見させようといったのは彼で、まだ村の存在を兵たちに知らせるのはよくないと抑えたのがもう一人の腹心、商人あがりの家宰だった。領主は家宰の進言を支持した。祖父の時代に不満をもって逃げた連中の子孫である、税もおさめていないいまは感知せぬと。
それでも誰か様子を見させるべきだった。それが老騎士の心の中をちくちく刺していた。
「よく、今日まで無事であったな」
「幸運もありました」
「ここに野盗はこなかったのか」
魔法使いは迷った。斥候は追跡のスキルをもっている。ということは確実にあの二人を追ってきている。
「きました」
覚悟をきめて魔法使いは告白した。
「どこにいる」
「そこに」
魔法使いは彼らの足下を指差した。
「二人いたのだぞ」
「来るのはわかったので、罠にかけました」
「掘って確かめてよいか? 」
「どうぞ」
騎士は自分の兵士二人に指示した。彼らは渋々といった顔で魔法使いから鍬をかりてへしゃげた二人の野盗の死体を掘り出した。
冒険者は斥候、弓兵、魔術師の三人であったが荷物を落ろし、魔法使いを警戒している。
「全身の骨が折れている。まるで大鬼にふりまわされて叩き付けられたかのようだ。どうやったのか教えてくれんかね」
「魔法で」
その言葉で冒険者たちの警戒心が高まった。登録されている魔術師なら問題はない。しかし、そうではない者は危険な者が多いからだ。
「どういうことだ」
騎士の問いにはなぜ農民風情が、と誰からおそわったかの意味があると魔法使いは思った。
「かなり昔にこの村に、素性はわかりませんがえらい魔法使いがいたようです。その墓所で襲撃で全滅した子孫の供養をしたところ、魔法の力をさずかったのです」
「どんな力だ? 」
「周辺を警戒する力と、重さをなくす力と、ゴーレムを使う力です」
「ゴーレムだと」
「農作業用ですよ。おかげでこの広さを手入れできています」
「ゴーレムを見せてくれ」
「わかりました。驚かないでくださいね」
魔法使いは数体の農作業用ゴーレムを呼び出した。冒険者の魔術師がなにか呪文を唱えてうなずいた。
「本当に作業用のようだな。それでこの二人をどうやって倒した」
「来る事がわかりましたから、重さをなくしてゴーレムに空に投げ上げさせました」
「そして重さをもどして墜落させたのか。えげつないな」
「私には攻撃のための魔法はありませんから、工夫するしかなかったのです。それに、彼らは家族の仇です。慈悲などおぼえませぬ」
声が震えたのは演技ではなかった。
「わかった」
老騎士は馬を下りた。
「今宵はここに野営してよいか? そなたとはいろいろ話さねばならぬと思う」
その夜、魔法使いはひさしぶりに他者と話をした。その後、魔法使いは留守の間の畑の番をゴーレムにまかせて領主と領主の城下にある魔術師協会に出頭した。
領主は本音を見せないにこやかな人物だったが、話を一通りきくと家宰を呼び出し、ひとこと釘をさした。
「次はないですからね」
家宰は震え上がった。手遅れでも助けがこなかったのはあの元の領主の騎士が彼と何か取引をやったせいだったのだ。そして、後日彼の村にやってきた領主は、彼のゴーレムを戦争に転用する考えをしめした。
「力はありますから、大盾をもたせて密集させ、ついでに長柄の殻竿で前方を一斉に叩かせればかなり使えますね」
そんな発想はなかったので、魔法使いは領主がプレイヤーか服役囚かどちらだろうと思ったほどだ。だが、これは魔法都市の防衛部隊のゴーレム運用だった。こちらは専門なので農具の殻竿ではなく、鉾槍をふるう。同じ発想なので、領主も防衛に強力するときとだけ条件をつけた。
魔術師協会では彼の持つ魔法の力の鑑定がなされ、彼の養父であるいにしえの魔法使いの特定がなされた。かなり高位の会員だったが、弟子の不祥事を受けて引責辞任、その後は弟子を取る事はせず行方をくらましたらしい。彼の会員登録は保証人つきで承認された。
冒険者たちは墓所のダンジョンに興味を示した。魔法使いは守護者の石像と意思疎通できるようになっていたので、墓所の部分を荒らさなければ探索は自由ということになった。