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Villains  作者: たかよしお
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エピソード1 引きこもりの魔法使い(1)

 夏の寒い年だった。

 飢えた小鬼の一部族が山中の坑道から追われ、人里の近くにまで下りてきた。そこには彼らの見た事ない作物の植えられた畑があり、家禽や家畜がまどろみ、そして大人よりずっとくみしやすい子供たちの姿があった。

 最初、小鬼たちは最大の警戒心で作物をもぎ、家禽を盗み、今は誰も使っていない貴族の別荘とその地下室で飢えを満たし、どこかもっと安全なところに移動しようとしていた。しかし、楽々と腹を満たせた成功体験がここにとどまりたがる多数派と警戒心の強い少数派にわかれ、少数派はついに放逐された。

 そうなると意見するものはもういない。多数派は痕跡を隠すのもだんだん雑になり、とうとうそれさえやらなくなった。家禽や家畜は持って行けるだけもっていき、子供も何人か食用としてさらわれた。村のものたちは領主に訴え、領主は騎士一名に専門家一チームを雇用させ、派遣した。


 若き農夫は悩んでいた。畑は荒らされ、少ない家禽はあろうことか村の者に盗まれ、両親は妹たちを売る相談をしている。飢え死にするより食事の心配だけはない苦界のほうがましなのだろうが、自分はこの村で土地と財産を守らなければならない。やっていけるのだろうか。娘を売るつもりの両親はのんきに彼の嫁取りの話もしている。娘を売った金の一部を代金にする算段のようだ。

 すべては夏の寒さが悪い。作柄がよくないのに、山奥で獣やどんぐりを取って食べていた小鬼の一団がおりてきた。領主に税金を免じる気はない。それでも保護の義務はあるので、若い騎士に冒険者と呼ばれる魔物狩りのプロを数人雇わせてよこした。

 農夫の悩みは深い。騎士は比率で支払う税額があまりに少なくなりそうなことに愕然としている。だが、その少ない税でもおさめてしまうと、子供を売り、働けなくなった年寄りを捨ててもなお餓死の危険が残る。

 村長は何か考えているのではないか、そんな意見もある。この村は圧政を逃れた祖父母が先代の領主に保護されてできたという。村長のところにいた食客の姿が見えないのは、食い扶持がなくなって追い払ったのだと噂されているが、彼らのうち二人は武器の扱いがうまく、残り一人は村にくる商人との交渉を有利にすすめる弁舌があった。彼らは村長に何かの使命を与えられて出かけているのではないかというのだ。

 逃げるとなると、騎士は何人殺してでも止めようとするだろう。ふりきっても途中の犠牲は覚悟する必要がある。なんにせよきつい。若者は憂鬱だった。

 だからといって、野盗になるのも、傭兵になるのも向かない。村の若者三人で小鬼二匹に苦戦し、結局軽い手傷を負わされて逃げられてしまったのだ。こんな人間がそういう世界に入ってそうそう長く生き延びることができるとは思えない。いっそ死んでしまったほうが楽かもしれないが、たとえこの人生に未練がなくても彼にはそうしたくない理由があった。

 ぽーんと彼にだけ聞こえる音。農夫はいやそうな顔になる。これを聞くのは二回目だが、自分が何者でどうしてここにいるかを重いしらされれる。

 空中を指先でたたくとメッセージが表示された。これも他の者には見えない。見えても読める文字ではないだろう。彼自身、ここで使われる文字は読めないようなものだ、

 初めての服役囚が近くにいるので、基本的なことを教えてやってくれ、とある。やれば一日減刑されるらしい。とんでもないやつでなければいいのだが、そう思いながら若者は指示された家に向かった。確かせまい農地を親一人、子一人で切り回している家だ。

 村の広場を横切ると、人だかりができていた。魔物狩りが戦果を積み上げているらしい。小鬼の案外できのいい小ぶりの武器、取り返した家畜、そして小鬼の死体三つ。プロの一人はプロらしからぬ興奮を見せている。ある意味、彼は農夫と同様の人間なのだろう。だが、農夫が彼に話しかけてもその耳には村人一の決まりきった台詞にしか聞こえず、彼が農夫に話しかけてもこれまたテンプレートの発言しか聞こえない。そういう壁があった。

 目的の家にいくと、その家の息子が野良着で呆然とたたずんでいた。

「よお、新入り」

 声をかけると汚れた顔が農夫を見る。

「あんたは? 」

「先輩服役囚様だ。看守様の指示であんたに基本的なことを伝えにきた」

「サポートシステムとか、特典NPCとかいないのか」

「そういうのは広場にいる冒険者様のものだ。俺たちはモブだよ」

「モブ」

「ステータスは念じれば見れるから確かめてみな。読み上げなくてもいいぜ。10前後のはずだ」

「ああ」

「つまり、一般人だ。野盗になっても冒険者になってもいいけど、一般人だからとことん雑魚だぞ」

「スキルは? 」

「俺とかあんただと農業関係だな。武器のスキルとかは訓練すれば身に付くががんばってもせいぜい2だ。お客さんの場合の上限を聞く気はあるかい? 」

「いや、いい」

 新参者は崩れ落ちんばかりだった。

「長生きできそうにないけど、死んだらどうなるんだ? 」

「別の誰かになるだけだ。あと、死ぬときはいくらか和らげられてるらしいがやっぱり痛かったり苦しかったりするぞ。死んでリセットマラソンとか考えないほうがいい」

「あんたもこっちで死んだのか」

「ああ、思い出したくもないね」

 あと一つ教えておかなければならないものがある。

「それより、プロフィールってボタンがでてるはずだから押してみてくれ。視線でいいぞ」

「あった。なんかたくさんでてきたな」

「そいつは元々のそいつの記憶するそいつの人生だ。全部読むには量があるから色のついているとこだけ見ればいい。それでおまえさんの中身が変わったことに気付く家族はいない」

「なんかそれ後ろめたいな」

「そんなの無視して好きにふるまってもいい。そういうのをここの住人は悪霊がついたと表現している。間違ってはいないと思う」

「はは、確かに」

「伝えることは以上だ。あとは自分で考えてくれ」

「ああ、ここが地獄らしいってことはわかった」

「あと一つ忘れてた。ときどきシステム側からミッションがくることがある。俺が説明にきたのもそれだ。それをやると簡単なものなら一日程度刑期が削られる」

「なるほどね。ただの親切じゃないんだ」

「そうゆうこと。同じ村にいるけど、あんまり俺に頼らないでくれ」

「なんで? 」

「だってさ、俺たちってこんなとこにぶちこまれるろくでなしばかりじゃないか。何回かえらいめにあったから、刑期の残りはなるべくひっそりやり過ごすことにしたんだ」

「そうか。できるだけ関わらないことにするよ」

「ありがとう」

 一見二人の若者はそこで手をふってわかれた。農夫がふりかえると、新参者は今の自分のプロフィールを見ているようであった。

 荒らされた畑を片付けて家に戻ると、小鬼退治のため勢子として参加させられることになっていた。一軒一人、鳴りものを鳴らし、脅しの武器を構えてすすめばいいらしい。参加拒否は懲罰、参加者は救済のために王墓建設工事に一年やとってくれるとか。ことわる手はない。

「でも、小鬼相手にそれで通用するかな」

 その予感は当たった。農夫の受け持った方面は小鬼たちの組織的な反撃を受け、彼はかろうじて命は保ったものの、村人二人が殺され彼を含む三人が重軽傷を負わされるという結果になった。食い破った包囲から小鬼たちは隣村方面へと遁走する。どうも、彼らも逃げる算段をしていたらしい。

「こうしてはおられん。追うぞ」

 任務の失敗を恐れる騎士はケガ人だらけの村人を捨てて雇った冒険者たちとともに小鬼を追いかけて行ってしまった。

「あの、雇っていただける約束は? 」

「取り逃がしておいてあるはずがなかろう」

 騎士の乱暴な言葉に村長の目に怒りが宿ったが、功をあせる騎士がそれに気付くことはなかった。

「もう耐えられねぇ」

 村長は村人たちに向かってそう言った。

「あれ、やるぞ」

 彼にとって最悪の展開になった。

 足を怪我したケガ人は連れて行けない。該当者は二名いた。あの新参ともう一人別の村の若者だ。

 この二人には護身用の武器、持ちきれない食料、水瓶いっぱいの水を用意し、小鬼が拠点にしていた別荘からそう離れていない山小屋に身を隠してもらうことになった。

「おいていくのか」

 新参は不安で仕方ない様子で農夫にすがるような目を向けた。

「足、痛いだろう。それでみんなに遅れずに歩けないならここで回復を待ったほうがいい。山の中で落伍したら獣の餌だ」

「あのモンスターが戻ってきたらどうなる? 」

「山道にも別のやつがでるかもな。もしかするとあんたのほうが運がよかったなんてこともある。まぁ結果が出るまでわからんさ」

「人ごとだと思って」

 怒るその顔を農夫は静かに見つめた。

「人ごとに首突っ込む余裕なんかどこにもないんだよ。俺にも、あんたにも」

 新参は絶望の表情を消した。

「そうか、娑婆と一緒だな」

「そういうこと。そうだ、餞別に一つ教えてあげよう」

「何を? 」

 農夫はコップ一杯の水を浄化し、薪一本に火をつけてみせた。

「たぶんどっちも役に立つ。練習が必要だが、今からいうことを毎日繰り返してるとできるようになる。俺は五日でできた。初めてなら十日くらいかな」

「どこで覚えたんだ? 」

「一つ前の人生さ。女魔法使いの愛人やっててね」

「スキルをもっていけるのかい? 」

「いやいやそれは無理だが、身につけ方を覚えていれば習得しなおすことはできる。魔法書があればもう少しだけ身につけられるんだが、ありゃそのへんにあるものじゃないし」

「待ってくれよ」

 新参はごそごそと荷物を漁った。

「これ、もしかしてそうかな」

 出してきたのは一冊の本。農夫はこの人生では文盲なのでこの文字は読めないが形は覚えていた。

「そうだ。なんでこんなものがここに? 」

「わからない。かなり古いので、盗んだのか置いて行ったものなのかさっぱりだ。餞別にこれやるよ」

「貴重なものだぞ」

「俺がもってても仕方ない」

 受け取らない事は難しいといえた。農夫はそれを懐にいれた。

「わかった。達者でな」

 こうして農夫は魔法書を手に入れた。

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