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FUTURES  作者: ナル
8/42

中尾モモ①

自分で言うのもなんだけど、私ってチョーかわいいと思う。目はパッチリ二重だし、スタイルもいいし、オシャレだし。


 大学の構内を歩いていても、みんなが私を見ている気がする。私は目立つことが大好きだから、誰かの視線を感じるととても幸せな気分になる。


 そんな私の大学生活も半分を過ぎて、そろそろ将来のことを考えなくちゃいけない時期に来ていた。本当は女優かモデルになるのが夢だけど、現実はそう甘くはないって知ってる。大学では経営学を専攻してて政治の話題にも詳しいから、アナウンサーってところが妥当なラインなのかしら。

 

-----------------------------

 

 駅の改札口を抜けると、空は分厚い鉛色の雲に覆われていた。ぱらぱらと小雨が舞って

そんな灰色の景色の中でも、私だけは輝いている。


 私は先週買ったピンク色の傘をさして、雑踏の中に足を踏み出す。


 まっすぐに前を見据えて歩く。


-----------------------------


 お店の裏口から店内に入る。そこで一瞬だけ立ち止まる。厨房の作業台に向かって、あの女が玉ねぎを刻んでいた。


 私は黙って背後を通り過ぎようとしたけれど、


「おはようございます」


 無機質な声に足を止める。恐る恐る視線をやると、彼女はしっかりとまな板上の玉ねぎと向かい合いながら、黙々と包丁を上下に動かし続けていた。


 どこに目がついてんだ、魔女め。


「お、おはようございます」


 私は消え入りそうな声で返し、逃げるようにホールへ向かった。


 ホールのカウンターでは店長の吉村さんがいつものようにワイングラスを磨いていた。指紋がつかないように、白いトーションで手を覆いながらグラスの縁をくるくると磨く姿は本当に見事だと思う。


「おはよう、モモ」


 私に気づいて彼は声をかけてくれた。その声はどことなく気が抜けているけど、優しくてなんだか安心する。あの女とは大違いだ。


「おはようございます、吉村さん」


 私も元気よく返す。にこっと控えめな笑顔を添えて。

 

 でも私のそんな心の安らぎも、シフト表に目を通した瞬間にげんなりとした気分に変わった。確かに今日は月曜日でお客も少ないけれど、よりによって岩村さんと二人でホールを回すだなんて、今日はマジでついてない。


「着替え終わったら、レジの金銭チェックよろしく」


 吉村さんの声に、すぐにもう一度笑顔と声を作り直して返事する。


 あ~、やれやれ。


 私がこの店で働き始めたのは、ちょうど一年半くらい前だ。大学生活にも慣れて、社会経験を積もうと求人情報誌を眺めていたらたまたまこの店の広告写真に目が留まった。小さな枠の中で、数人のスタッフが弾けんばかりの笑顔を浮かべて収まっていた。


 正直言って、そんなどこにでもある求人広告なんて私にとってはどうでもよかった。ただ、この私にふさわしいオシャレなお店で働きたいとは思っていた。


 そんな私がなぜ繁華街のこんな何の変哲もないイタリア料理店で働くことになったのかというと、理由は一つ。その広告写真に写っていた一人の男性に一目惚れしたからだ。


 次の瞬間には、すぐにスマホを握り締めて書かれてあった電話番号を入力していた


 コンビニで履歴書を買って、私の華麗な(と自分では思っている)経歴を書き、とびきりかわいい私が写る証明写真を貼ってから面接に向かった。そして当然のことながら私は即決で採用されて、このお店で働くことになった。


 もしその男性がもう辞めていたら、私はその日にでも適当な理由をつけて辞退する予定だったけれど、幸いその男性はまだ辞めておらず、初めて一緒のシフトに入った日は、ニヤニヤする顔を抑えるのに必死だった。


 まあこのお店、そんなに時給も高くないし、なんかイケ好かない奴もいるけど、その人がいるから、今もここでバイトを続けている。


「高木くん、最近あまりシフト入ってないですよね」


 思わず吉村さんに言ってみた。


「ああ、部活が忙しいらしいんだ」


 吉村さんは困ったような顔をして答える。


「本当はもっとシフトに入ってほしいんだけどね」


 私は軽く相槌を打ったけど、お店の都合なんて正直言ってどうでもいい。私の不満はただ、高木くんに今日も会えないというただその一点に集約されるのだ。


 私が彼について知っているのは、私と同じ歳であることと、市内の大学に通っているということ、野球部に所属しているということくらい。そして何よりここ一番重要。彼には今、彼女がいない。これは彼と同じ大学に通う私の親友から仕入れた情報だ。


 最後に彼に会ってからもう二週間。私は今日もグラウンドで汗を流しているであろう彼の姿に想いを馳せる。彼のユニフォーム姿なんて一度も見たことはないけれど、絶対カッコイイに決まってる。もう少し彼との関係が深まったら、応援にでも行ってあげようかしら。


 そして私の想像は、 遠くない未来へと移行する。


 それは私と高木くんが並んで駅前の繁華街を歩く光景だ。私は背の高い高木くんを見上げながらしおらしく話しかける。それに対して高木くんは優しい笑顔で応えてくれる。そんな私たちの姿は、人目を惹くこと間違いなしだと思うんだけどなー。


 美男美女という言葉が頭の中でこだまする。


 想像がいいところまで進んだところで、ふと、自分の表情が緩んでいることに気づいてすぐに口元を引き締めた。幸い、吉村さんはこちらを見てはいなかった。


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