中尾モモ⑥
翌日は土曜日でバイトの時間まではゆっくりできたから、午前中はほとんど寝て過ごした。昨夜は夜更かししてネトフリのドラマを一気見したこともあり、なんだか少し頭が痛い。
だけど、今日も高木くんと一緒のシフトであることは確認済みだから、頑張って出勤しないとね。
今日こそはもっと話せる時間を作るんだから。
シャワーを浴びた後、メイクにしっかり時間をかけ、最後に新しいワンピースに袖を通す。姿鏡の前に立ってニコッと笑顔を作ってみる。うん、やっぱり私はかわいい。
しかし、いつもの時間に出勤し、厨房の裏口から店内に入ると、突然大きな怒鳴り声が私の鼓膜を激しく揺らした。
私はびっくりして一瞬その場で固まったけれど、どうやらそれはホールの方かららしく、既に厨房にいた料理長の長浜さんも大野さんもまるで音が聞こえないかのように淡々と具材を切ったり、食器を数えたりしていた。
私は小さな声で挨拶して、恐る恐るホールを覗いてみる。
そこではレジの前に部長が立ち、カウンターをはさんで正面に岩村さんが立っていた。
小太りでいかにも小悪党って感じの部長は、今日も似合わない派手な色のシャツを着て、第一ボタンを空けていた。その汚い肌を晒して、自分がかっこいいとでも思っているのだろうか。思っているのだろう。そして自身が不潔な印象を周囲にまき散らしている自覚がないのだろう。
「お前が抜いたとしか考えられんやろうが!」
彼は口角泡を飛ばしながら、顔を真っ赤にして岩村さんを怒鳴り散らしていた。部長の隣でいつものように吉村さんがワイングラスを磨いているが、二人の様子をちらちらと気にかけるように短い視線を送っている。
怒られている岩村さんはというと、背筋をまっすぐに伸ばし、両手を前で組んで部長を正面から見据えていた。反論するでもなく、無表情でじっと部長の言葉に耐えている様子だった。可哀そうな岩村さん。また何かやらかしちゃったんだ。
そんな彼に、部長は容赦なく怒声を浴びせ続ける。
「なんで、昨日はきっちりあったはずの売り上げから、千円足りなくなっとるんか!」
千円? と思った。
昨夜の記憶が蘇る。冷たい汗が背中を流れるのを感じた。
そのとき、喚き散らしていた部長が厨房との通路に立つ私に気ついた。彼の血走った目が私に向けられ、ヤベっと思う。
「ねえ、昨日の夜最後に金銭チェックしたときには、金額合ってたんやろ?」
と彼は言った。
私は正直に白状するかどうか刹那のうちに考えたけれど、答えは最初から決まってる。
「はい、合ってました」
自信たっぷりの声で答える。
吉村さんの目が一瞬だけ光ったような気がしたけれど、この状況で正直に「昨日の時点で千円足りませんでした」なんて言ったら、どんな目に遭うかわかったもんじゃない。
普通に考えてみれば、一番怪しいのは私のはずなのに、真っ先に岩村さんに噛みつくなんて、部長ってやっぱ馬鹿なんだなと再認識。
若くてかわいい女の子ってホント特だわ。
ごめんね岩村さん。恨むなら、若くも可愛くもない自分を恨んでね。
私の虚偽の証言によりさらに怒鳴られ続けることになった岩村さんを残し、更衣室に向かおうとすると、ホールの奥でいつものように黙々とテーブルを拭く高木くんを見つけた。
背後で聞こえる部長の怒声が一瞬で私の世界から消える。
「おはよう、高木くん」
私は笑顔で声をかけた。
「なんかあっち、すごいことになってるね」
私の声に高木くんはちらりとカウンターの方を見たけれど、大した反応も示さずにまた目の前のテーブルを拭き始めた。
もー、相変わらずつれないんだから。




