ジークの願い
「とりあえず、座れ」
『立ち話もなんだ』と着席を勧めると、ジークは素直に応じる。
ちょうど向かい側に座る彼の前で、私はおもむろに腕を組んだ。
「では、話を聞こう」
早速本題に入るよう促す私に、ジークはコクリと頷く。
もう腹を括っているからか、土壇場になって取り乱したり尻込みしたりすることはなかった。
「先日いただいた褒美の件ですが、俺は────」
そこで一度言葉を切り、ジークは金の瞳に淡い希望を宿す。
「────イザベラ様の過去について、知る機会が欲しいです」
確かな意志と覚悟を以て発言し、ジークは手を握り締めた。
かと思えば、そっと眉尻を下げる。
「もちろん、嫌なら断ってください。無理強いはしたくないので」
私があまり過去のことを話したがらないからか、ジークは逃げ道を用意した。
気遣わしげな視線を送ってくる彼の前で、私は顔を上げる。
「────私に二言はない」
褒美の希望を募ったとき『何でも一つ』と明言したことを話題に出し、私は前を見据えた。
「その願い、叶えてやる」
「えっ!?ほ、本当ですか……!?」
まさか二つ返事で了承されるとは思ってなかったらしく、ジークは戸惑いを露わにする。
ゆらゆらと瞳を揺らす彼に対し、私は小さく首を縦に振った。
「ああ、本当だ」
自分でも不思議なんだが、ジークに過去を詮索されても別に嫌じゃなかったんだよな。
他のやつなら、確実に不快感と嫌悪感を抱いている筈なのに。
『ジークは特別なんだな』と改めて実感しつつ、私はテーブルの上に手を置く。
「だが、ただ口頭で知らせるだけでは味気ないな。せっかくだから、実際に過去を見せてやろう」
そう言うが早いか、私は風魔法と土魔法を駆使してテーブルに文字を掘っていった。
ソレらを丸い円で囲む私を前に、ジークは頻りに瞬きをする。
「えっ?見せるって、一体どうやって……?」
「────過去に戻るんだ」
出来上がった魔法陣を眺め、私はゆるりと口角を上げた。
その刹那、ジークがこちらに身を乗り出す。
「はい……!?過去に戻る!?そんなこと出来るんですか!?」
『信じられない』といった様子で瞳を揺らし、ジークはこちらを凝視した。
いつになく動揺を示す彼に対し、私はこう答える。
「ああ、可能になった。この前、行った実験のおかげでな」
他国の王族を使って研究したことを思い返し、私は『安全措置もバッチリだ』と話した。
すると、ジークは困惑しながらも一先ず納得する。
「そ、そうなんですか……でも、俺の願いを叶えるためだけに過去へ戻っていただく必要は……」
時間を操るなんて大変なことなので、ジークは辞退する意向を見せた。
『口頭で、お伝えいただければ……』と申し出る彼の前で、私はトンッと指先で魔法陣を突く。
「遠慮するな。どちらにせよ、過去には一度戻るつもりだったんだ────私の後悔を晴らすために」
憑依なんて方法を取ってまで生き延びた原因……いや、願いを思い浮かべ、私はスッと目を細めた。
『やっと、全部終わる』と感慨深く思う私を前に、ジークは小首を傾げる。
後悔という単語に疑問を覚えている彼の前で、私は魔法陣へ魔力を流す。それも、総量の約半分。
『こんなに魔力を消費するのはクソ皇帝との戦い以来だな』と考えつつ、私はジークの方を見た。
「とりあえず、行くぞ。手を出せ」
『魔法陣の上に載せろ』と指示すると、ジークは慌ててその通りにする。
「これでいいですか?」
「ああ」
『そのまま、じっとしていろよ』と注意し、私は室内に結界を張った。
恐らく何も起きないと思うが、過去へ戻っている間に襲撃など遭ったら一大事なので。
『今から、私達の体はかなり無防備な状態になるからな』と思案し、半透明の壁を一瞥する。
「では、魔法陣を発動させる」
その言葉を合図に、私は逆行を実行に移した。
途端に光り輝く魔法陣を前に、私は目眩を覚える。
ジークも同様に目を回して、テーブルの方へ倒れ込んだ。
かと思えば、気を失う。
そして、目が覚めると────森の中に居た。
「えっ……?ここは?」
ジークは困惑した様子で辺りを見回し、口元に手を当てる。
現状を呑み込めずに居る彼の前で、私はゆっくり立ち上がった。
「ここは────恐らく、私の故郷だ」
確信は持てないので曖昧な言い方をするものの、ジークは気に留めない。
というより、別のものに興味を引かれているようだ。
「えっ?じゃあ────無事に過去へ戻ることは出来たんですね」
『故郷』という単語を聞いてようやく理解し、ジークはパチパチと瞬きを繰り返す。
「いきなり気絶したので、てっきり失敗したのかと……」
「あぁ、あれは逆行による弊害……というか、通過儀礼みたいなものだ」
「なるほど。逆行の際、絶対になる症状という訳ですか」
驚きながらもこちらの話を呑み込み、ジークは近くの木に手を伸ばした。
かと思えば、僅かに目を剥く。
木をすり抜けた自身の手を見つめて。
「そうだ。なんせ────肉体から、精神を切り離したんだからな」
私は透けている自身の体を見下ろし、『まるで幽霊みたいだな』と他人事のように考える。
────と、ここでジークが目を丸くした。
「……はい?」
「肉体ごと過去に飛ばすのはさすがに無理だったから、精神のみ逆行させたんだ」
より詳しく説明すると、ジークは顎に手を当てて考え込む。
「そ、それじゃあ木に触れられなかったのは……」
「今の私達は実体を持っていないからだ」
『だから、姿も見えない』と教え、私はジークに手を差し伸べた。
同じ状態の者同士、触れ合うのは可能なため。
「それより、早く移動するぞ」
「あっ、はい」
ハッとしたように顔を上げ、ジークは私の手を取って立ち上がる。
『ありがとうございます』と礼を言う彼の前で、私はゆっくりと歩き出した。
「ついてこい」
故郷のことなんてほとんど記憶もないのに、私は迷わず突き進んでいく。
別に当てずっぽうで、歩いている訳ではない。
ただ、何となく……こっちに居る気が、したのだ。前世の自分が。
『きっと、魂が共鳴しているのだろう』と思案しつつ、私は目の前の草むらを通り抜けた。
すると────エルフの集落が目に入る。
「ここは……」
ジークは大木に出来た家やオーロラのような形の結界を見やり、瞠目した。
『綺麗だ』と言いたげな彼を前に、私は銀髪を手で払う。
「ジーク、一つ言い忘れていたが」
そう前置きした上で、私は次の言葉を紡ぐ。
「声は普通にあっちにも聞こえるから、なるべく喋らない方がいいぞ」
「えぇ……!?」
思わずといった様子で大きな声を上げるジークは、慌てて自身の口元を押さえる。
『ま、不味い……!』と焦り出す彼を前に、私は前を向いた。
「まあ、あいつらは今かなり取り乱している状態だから謎の声を聞いても大して気にしないだろうが」
『錯乱ゆえの幻聴だと思う筈』と主張し、私は頻繁に人が行き交う一軒の家を眺める。
そこに前世の自分が、居ることを確信して。
「一先ず、私に会いに行こう」




