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慰安旅行

「頼んだ」


 ────と、告げた二ヶ月後。

私はジークやアリシアを引き連れて、温泉宿に足を運んだ。

立派な外観のソレを前に、私は『よくここまで』と少し感心する。


 旧皇城のイメージを完全に払拭するため、異国に伝わる和風建築とやらを参考にするよう言ったんだが……結構いいな。


 『風情があると言うのか』と思案する中、アリシアが宿の扉を開けた。

かと思えば、こちらを振り返る。


「一先ず、各自部屋に荷物を置いて温泉なり見学なりしてきてください。夕食の時間までは、自由行動とします」


 『わざわざ、固まって動く必要はないですし』と言うアリシアに、私達は小さく頷いた。

そして、各々事前に決めていた部屋へ足を運ぶと、一息つく。


 靴を脱いで室内を歩くのは、なんだか変な気分だな。

それに床へ座るなど、普通じゃ考えられない行いだ。


 『これも和風建築の影響か』と畳を撫で、私は少しばかり気を良くする。

異国の文化に触れるのが、思ったより楽しくて。


「これは温泉の出来栄えも、期待出来そうだな」


 個室風呂に繋がる扉を見つめ、私はおもむろに立ち上がった。

好奇心に押されるまま歩を進める私は、久方ぶりの風呂を堪能する。


 普段は浄化魔法で体の洗浄を済ませてしまうが、たまにはこういうのも悪くないな。


 『ちょうどいい湯加減だし』と目を細め、私は浴槽の中で足を伸ばした。

まだまだ小さな自身の体を見下ろし、ふと天井を見上げる。


 そういえば、ジークは少し背が伸びていたな。

まあ、こちらでは三年もの歳月が過ぎていたのだから当然だが。

特にあいつは成長期の真っ只中だし。


 『これから、もっと大きくなる筈だ』と想像しながら、私は風呂から上がる。

なんだか、無性にジークに会いたくなってしまって。

『いい加減待つのも飽きたし、少しくらい接触を図ったっていいだろう』と思い、浴室を出た。

そのまま浴衣とやらに着替えると、私は彼の部屋へ転移する。


「────い、イザベラ様……!?」


 ジークはいきなり目の前に現れた私を見るなり、仰け反った。

『何故ここに……!?』と驚愕する彼を前に、私はタオルを投げ渡す。


「髪を拭け」


「えっ?あっ、はい!」


 困惑しつつも首を縦に振り、ジークは私の背後に回る。

『し、失礼します……!』と言って銀髪に触れる彼の前で、私は腕を組んだ。


「それと、もう一つ────褒美の件、そろそろ決まったか」


 『内容ではなく、覚悟が』と心の中で呟き、私は前を見据える。

と同時に、ジークが身動きを止めた。


「ぁ……そ、れは……」


 明らかな動揺を示すジークは、途端に言い淀む。

顔を見ずともパニックになっていることが分かる彼に、私は小さく肩を竦めた。


「ジークが何をそんなに恐れているのか知らんが、私はどんな願いをされても態度や機嫌を変えない」


「!」


 ハッとしたように息を呑み、ジークはタオルを持つ手に力を入れる。

どこか雰囲気が変わったように感じる彼の前で、私はゆるりと口角を上げた。


「だから、安心して話せ────と言っても、今すぐは難しいだろうからもう少しだけ待ってやる」


 さすがにこの場で洗いざらい吐かせるのは不憫なので、催促に留める。

────と、ここで掛け時計がゴーンゴーンと音を奏でた。


「おっと、もう夕食の時間だな」


 『食堂に行くか』と思い立ち、私は出入り口の方へ足を向ける。

その際、まだ濡れていた髪が一瞬にして乾いた。


「────あ、あの……イザベラ様」


 掠れた声で、控えめに……でも、確かな意志を持って引き止めてくるのはジークだった。

先程と違ってどこか凛としている様子の彼は、私の前へ回る。

『もう逃げない』という意思表示をするかのように。


「夕食後、お部屋にお邪魔してもよろしいですか?褒美のことで、お話があります」


 ようやく腹を括ったのか、ジークは自ら返答の機会を持ち掛けてきた。

真剣な面持ちでこちらを見つめる彼に対し、私はフッと笑みを漏らす。

『それでこそ、私の伴侶だ』と思いながら。


「分かった」


 金の瞳を見つめ返して返事し、私は『何を望むのか、楽しみにしておこう』と述べた。

と同時に、部屋を出ていき、食堂へ直行する。

────間もなくして、身支度を整えたジークや他のメンバーも集まり、各々着席した。


「イザベラ様、乾杯をお願いします」


 慰安旅行の幹事であるアリシアは、水の入ったグラスを差し出して頼んでくる。

なので、私は小さく頷いてソレを受け取った。


「貴様ら、今夜は無礼講だ」


 長テーブルにつく面々を見やり、私はゆるりと口角を上げる。


「好きなだけ、飲んで食べて騒げ────乾杯」


 手に持ったグラスを軽く持ち上げ、私は宴会の始まりを宣言した。

すると、参加者達は一斉に『乾杯!』と復唱してグラスの中身を飲み干す。


「っ〜……!やっぱ、酒は美味いな〜!」


 アランは空になったグラスを振り回して、『最高!』と叫んだ。

早くも酔ってきている様子の彼を前に、リカルドは


「料理も格別だぞ」


 と、勧める。

多分、早々に酔い潰れることを懸念して酒から気を逸らしたいのだろう。

『さすがに幹部がいち早くダウンするのは困る』と言いたげなリカルドを他所に、セザールは酒を追加する。


「それにしても、不思議な食事ですね。酒も料理も見たことないやつばっかだし」


 テーブルの上に置かれた酒瓶や生魚の料理を前に、セザールは少しばかり身を乗り出した。

興味津々といった態度を取る彼の前で、アリシアは人差し指を立てる。


「和風建築に因んで、その国の食文化も再現してみたんです」


 『和食と言うらしいのですが』と説明し、アリシアは僅かに頬を緩めた。

自分の考案したものが、認めてもらえて嬉しいのだろう。


 ほぼ思いつきで計画した慰安旅行だが、思いのほか皆楽しんでいるようだな。


 どんちゃん騒ぎと化す食堂を見回し、私はスッと目を細める。

『たまには、こういうのも悪くないな』と感じる中、時間はあっという間に過ぎていき、お開きとなった。


 さて、部屋に戻ってジークを待つか。


 数時間前に交わした約束を思い返し、私は席を立つ。

そして、酔い潰れた者を介抱しているリカルドやセザールに声を掛けると、自室へ転移した。

途端に暗くなる視界を前に、私は一先ず明かりをつける。

────と、ここでタイミングを見計らったかのように扉をノックされた。


「イザベラ様、俺です」


「入れ」


 間髪容れずに入室の許可を出し、私は出入り口の方を振り向く。

その刹那、ジークが扉を開けて現れた。


「失礼します」


 どことなく緊張した面持ちでこちらを見つめるジークは、ゆっくりと室内に足を踏み入れる。

まるでこれから決戦にでも行くような出で立ちの彼を前に、私は近くの座布団へ腰を下ろした。


「とりあえず、座れ」

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