不義理を働いた連中は
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────卒業式の翌日。
私は皇城の執務室にて、休暇明けのアランと顔を合わせていた。
「二週間もお暇をいただき、ありがとうございました。おかげでガキ達と思う存分、遊べました。まあ、そのせいでちょっとヘロヘロですけど」
『これっぽっちも休めた気がしねぇ……』とボヤき、アランは目頭を押さえる。
なんだか休暇前より窶れた様子の彼を前に、私は小さく肩を竦めた。
「子供と遊んだ程度でバテるとは、情けないな」
「いや、ガキ共の体力がバケモノなんですよ。朝から晩までずっとキャーキャー言いながら、走り回るんですから」
当時の状況を思い出しているのか、アランはどこか遠い目をする。
でも、表情はいつもより柔らかかった。
恐らく、久々に子供達と遊べたことで平和を実感出来たからだろう。
『苦難に苛まれる日々は、本当にもう終わったんだ』と安堵する彼の前で、私は執務机に手を置いた。
「なら、そのポテンシャルについて行けるほど己を鍛え上げるんだな」
「いや、めちゃくちゃ言いますね……」
「それより、報告をしろ」
「無理やり話題を変えてきた、この人」
『さては面倒になったな』と苦笑し、アランはガシガシと頭を搔く。
「まあ、別にいいですけど」
『報告は元々するつもりだったし』と口にし、アランは近くの壁に寄り掛かった。
かと思えば、少しばかり表情を引き締める。
「じゃあ、まずは戦争関係から」
そう前置きして、アランは静かに報告を始めた。
「現宰相と元宰相のコンビで、敵国の内情と帝国の裏切り者を洗い出しました。あとは罰を与えるのみ、という段階です」
「ほう?早速、下賜したタヌキを上手く活用しているみたいだな。それで、罰の内容は?」
青い瞳を見つめ返して話の先を促すと、アランはこう言う。
「敵国の王族は皆殺し。裏切り者についてはイザベラ様の研究材料として再利用、とのことです」
「妥当な判断だな。そのまま進めるよう、伝えろ」
「はっ」
寄り掛かっていた壁から身を起こして、アランは一礼した。
と同時に、執務机の上へ並べられた書類を眺める。
「それから内政についてですけど、もうほぼ安定しています。絶対強者であるイザベラ様が、舞い戻ったので」
『こちらはもう心配ないかと』と語り、アランは自身の顎を撫でた。
「ただ、外交の方はもう少しゴタつきそうです。大半の国が、元通りの関係を望んでいるので」
どことなく険しい表情を浮かべ、アランは額に手を当てる。
納得いかない感情を前面に出しながら。
「いや、手を貸してくれたアンヘル帝国や中立の立場を貫いていた国は別にいいんですよ。でも、苦しい状況のアルバート帝国を嘲ったり敵国を煽ったりした奴らは許せねぇ」
ギシッと奥歯を噛み締め、アランは眉間に深い皺を刻み込んだ。
「イザベラ様が帰ってくるなり手のひらを返して『自分達は最初から味方だった』みたいな態度をしてますけど、あの不義理はなかったことに出来ない。したくない」
『許せない』という思いを吐露して、アランは真っ直ぐにこちらを見据える。
青い瞳に、確かな信念を滲ませて。
「だから、あいつらに何かしら代償を支払わせるつもりです。これはジーク様も含める、上層部の総意です」
私に報復行為を邪魔されないためか、アランは珍しく語気を強めた。
緊張のあまり表情を強ばらせる彼の前で、私は腕を組む。
「そうか。なら────貴様らの好きにしろ。私は口を出さない」
不義理を働いた連中がどうなろうと興味ないので、私はあっさり了承した。
『それに元々ペナルティを与える予定だったしな』と考える中、アランはホッとしたように肩の力を抜く。
「ありがとうございます、イザベラ様」
正式に報復の許可をもらったからか、アランは実に晴れやかな笑顔を見せた。
『何してやろうかな〜』と浮かれる彼を前に、私は肘掛けへ寄り掛かる。
「報告はこれで終わりか?」
「あっ、いえ、あと一件だけ」
人差し指を立てて左右に振り、アランは僅かに身を乗り出した。
「帝国の治安関係なんですが、視察に行った二人のおかげで大分改善されています。片っ端から、罪人を裁いているみたいなんで。いい見せしめにも、なっていますし」
『アレを目の当たりにしても罪を犯す奴はただのアホです』と述べ、アランはスッと目を細める。
「帝国が以前のような姿を取り戻すまで、そんなに時間は掛からないと思います」
『ゴールはすぐそこだ』と主張し、アランは胸を張った。
直実に自信を取り戻している彼の前で、私はフッと笑みを漏らす。
「では、そのときを楽しみにしておこう」
────と、告げた二ヶ月後。
アランの宣言通り、アルバート帝国は元に戻った。
まあ、一部変わっている部分もあるが。
例えば、私の不在中に不義理を働いた連中とか。
「今日一日だけ私の研究材料となり、糧となる……それが再度和平を結ぶ条件、か。あいつら、結構惨いことをするな」
ニヤニヤと口元を歪め、私は大変愉快な気分になる。
こうして、研究を行うのは久方ぶりなので。
どうにも、高揚感を抑えられなかった。
「だが、こいつらの自業自得だな」
地下室の冷たい床に並べられた他国の王族達を見やり、私はパチンッと指を鳴らした。
その刹那、彼らの体が宙を舞い、巨大水槽の中へ放り込まれる。
バシャッと飛び散る大きな水飛沫を前に、私は手を振り上げた。
すると、水槽から溢れてきた水が静止して時間を巻き戻すかの如く元の場所へ戻る。
だが、しかし……
「だ、出して……!出してよ!」
「私は泳げないの……!」
「賠償なら、別の形でするから……!」
実験体達の抵抗により、また水が溢れてきた。
それを再び魔法で押し返しつつ、私はふわりと宙に浮く。
「モルモットの分際で、うるさいぞ」
水槽の中に居る実験体達を見下ろし、私はグッと手を握り締めた。
と同時に、彼らが喉元を押さえて苦しみ出す。
ただ気道を軽く絞めただけなんだが、効果は抜群のようだ。
「モルモットはモルモットらしく、大人しく研究の材料にされておけ」
そう言うが早いか、私は研究用の魔法陣を展開する。
巨大水槽の上いっぱいに広がるソレを前に、私はパンッと手を叩いた。
それを合図に、気道を圧迫していた風魔法が解除され、代わりに魔法陣が発動する。
「さて、何か収穫があるといいんだが」




