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卒業式

「────分かった。その願い、叶えてやる」


 卒業式の出席なんて全く苦じゃないので、私はすんなり了承した。

すると、リズベットは僅かに目を輝かせる。


「ありがとうございます、恩師様!では、卒業式の日程が決まったらお知らせしますね!」


「ああ」


 無邪気に笑うリズベットを一瞥し、私は横髪を耳に掛けた。

他の五人を視界に入れながら。


「で、貴様らも願いは決まったか?」


 『何でもいいから、言ってみろ』と促し、私は足を組み直す。

と同時に、アランが少し身を乗り出した。


「あの、俺はお暇が欲しいです。久々にガキ達と思い切り、遊んでやりたいので」


 ここ二年の穴埋めをしたいと願うアランは、『出来れば、一週間くらい』と付け足す。

────と、ここでアリシアが居住まいを正した。


「私は……タヌキとなった元宰相ブラウン・チェイス・バーナードの身柄をお譲りいただきたいです。一緒に過ごしていくうちに、ちょっと愛着が湧いてしまって……それに政治にも役立ちますから」


 『完全に自分のものとなれば、遠慮なく使えるし……』と言い、アリシアはスッと目を細める。

どことなく不穏な雰囲気を放つ彼女の前で、リカルドは視線を上げた。


「では、自分は各地の視察へ行く許可を賜りたく。イザベラ皇帝陛下の復帰の影響で帝国の治安は良くなっていますが、それでもまだ完全に平穏を取り戻した訳ではありませんので。一人の騎士として、その一助になればと考えております」


「えっと、じゃあ自分も」


 『治安については、思うところがあったので』と話し、セザールはリカルドの意見に乗っかる。

多分、それは彼の本心だろう。周りに流された訳では、ない。


「そうか。貴様らの願い、確かに聞き届けた」


 『全て叶える』と確約する私に、アラン・アリシア・リカルド・セザールは頭を下げる。


「「「ありがとうございます、イザベラ様|(皇帝陛下)!」」」


「ああ」


 四人の感謝を受け取り、私はおもむろに前髪を掻き上げた。

黄金の瞳を見つめ返しながら。


「あとは、ジークだけだな」


 そう声を掛けると、彼は僅かに肩を震わせて顔を上げる。

どこか不安そうに瞳を揺らすジークは、口元に力を入れた。


「俺は……後日でもよろしいでしょうか?今はまだ……言う勇気がないので」


 『願いそのものはもう決まっている』と取れる口調で、ジークは延期を求めた。

言動の端々に“迷い”を滲ませる彼の前で、私は目を伏せる。


「分かった」


 ────と、返事してから早一ヶ月。

私は未だにジークの願いを聞けてなかった。

お互い単純に忙しかったのもあるが、彼はその話を避けているように見えたから。


 まあ、強引に聞き出すようなことでもないし、気長に待つとしよう。

それより、今はこっちに集中するか。


 目の前で行われている卒業証書授与(・・・・・・)を眺め、私は用意された椅子の背もたれに寄り掛かる。

もうかれこれ一時間くらい、このやり取りを見ているため少し飽きてしまって。

『ずっと椅子に座っているのは、どうも性に合わないし』と思案する中、見知った顔が登壇する。

そして、理事長のリズベットから卒業証書を受け取ると、こちらに向き直った。


「私、ジェーンは明日より皇城の侍女として働くことに決まりました。学校で習ったことを精一杯活かし、イザベラ様に貢献出来るよう頑張ります」


 他の卒業生と同様に卒業後の進路や意気込みを語り、ジェーンは明るく笑う。

『やっと、夢が叶いました』と歓喜しながら一礼し、ステージを降りた。

すると、今度はマルセルが我々の前へ姿を現す。

リズベットから、もらった卒業証書を携えて。


「俺、マルセルは念願の騎士になれました。それも、皇室所属の。これでやっと、イザベラ様にお仕え出来ます。今まで力になってくれた先生方、共に切磋琢磨し合った友人達、本当にありがとうございました」


 晴れやかな笑顔で頭を下げ、マルセルは降壇した。

────その後も元スラムの子供達がステージに上がり、卒業証書授与と共に私への恩返しを宣言していく。

おかげで、スピーチのとき私に何か言うのが恒例みたいになってしまった。

『なんだ、この流れは』と遠い目をする私を他所に、また一人登壇する。


「────ニコラス・ジェンソン・ヒックスです。私は卒業後、イザベラ皇帝陛下に謁見を申し込むつもりです。次期当主として、認めてもらうために」


 凛とした面持ちでこちらを見据え、ニコラスは強く手を握り締めた。

不安と緊張に苛まれながらもしっかり自分の足で立っている彼に、私はゆるりと口角を上げる。


 随分と変わったな。いや、『成長した』と言うべきか。

良くも悪くも、三年前とは比べ物にならない。

まるで、別人だ。


 『目上への態度も、ちゃんとしているしな』と思いつつ、私はリズベットの方に視線を向けた。

こいつは本当に立派な人間となれたのか?と問い掛けるように。

『一応、卒業出来るレベルまで成長はしたみたいだが』と思案する中、リズベットは────首を縦に振る。


 理事長のお墨付きなら、間違いないな。

私の目から見ても、今のこいつは貴族として相応しい貫禄を持っているし。

何より、この私に啖呵を切ったところが気に入った。


 以前までのニコラスなら出来なかったであろう所業に、私は頬を緩める。

と同時に、彼の目を見つめ返した。


「その謁見は必要ない」


 『もう結論は出ているからな』と心の中で呟き、私は腕を組む。


「今、この場で────貴様が伯爵家の次期当主となることを認めよう」


「!」


 ニコラスはこれでもかというほど目を見開き、固まった。

まさか、こんなにすんなり承認してもらえるとは思ってなかった様子。

『まあ、三年前は取り付く島もなく一刀両断したからな』と思い返し、私は腰に手を当てる。


「後日、必要な書類を送付するから伯爵夫妻にもそう伝えておけ」


 『きっと、泣いて喜ぶ筈だ』と話す私に、ニコラスは大きく瞳を揺らした。

かと思えば、


「は、はい!ありがとうございます!」


 勢いよく頭を下げる。ちょっと涙ぐみながら。


「必ず立派な貴族になり、民を支えます!」


 この場で誓いを立てるニコラスは、確かな覚悟を示した。


 まだまだ青臭いが、実にいい目をしている。

この調子なら、これからの実力社会を生き抜いていけるだろう。


 『少なくとも、蹴落とされることはない筈』と考え、私は小さく笑う。

心の底からニコラスの将来を楽しみにする中、彼は一礼してステージを降りた。

どうやら、次の生徒に場を譲ったらしい。

そして、我々の前に現れたのは────


「セドリック・デューク・ケイラーです」


 ────茶髪の男だった。

ニコラスと同様以前より成長したように見える彼は、酷く穏やかな表情でこちらを見つめる。


「俺は帝国の一貴族として……いや、イザベラ皇帝陛下の忠実なる臣下としてこれから活躍していくつもりです。まだまだ未熟なところも多いですが、ここで学んだことを決して忘れず生きていきます」


 私に尽くすことを宣言し、セドリックは深緑の瞳に強い意志を宿した。

と同時に、教師陣の方へ向き直る。


「三年間、大変お世話になりました」


 『今の自分があるのは、先生方のおかげです』と言い、セドリックは深々と頭を下げた。

すると、他の生徒達もソレに倣う。

惜しみなく感謝の意を表す彼らの前で、教師陣はただ首を縦に振った。

言葉の代わりに、涙を流しながら。

────こうして、開校初の卒業式は幕を下ろした。

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